引きこもり令嬢の契約婚約


『まっ……たく、なんて甘い声を出しているのかしら』

 ホワイティは、シーグローヴ侯爵邸の庭園にある一番大きな木の上から、語らうセアラとエリオットを眺めていた。

『エリオットったら、本気なのかしら。それにしたってあの引きこもりちゃんが王太子妃になんてなれる?』

 ふたりの気持ちがどう動くかよりも、ホワイティにはそちらの方が難題に思える。
 一国の王太子妃、ひいては王妃にかかる精神的重圧は並大抵のものではない。

(エリオットの母親だって、そうだったじゃない)

 エリオットの母親は、世継ぎを求める家臣たちと王太子妃という立場を羨む貴族女性との軋轢で心を病んだ。
 念願の男児であるエリオットが生まれた頃には重症化しており、彼は母のぬくもりはほとんど知らない。

(この国の王は精霊の加護を受ける。ルパードが何かあった時に頼りにするのは、妻ではなく鷹のフランクリン。……まあ、病むのも分かる気がするわ)

 愛を期待して夫婦になったのなら、居場所が無いように思えるだろう。
 王家の子供は親から引き離されて育つから、子供が支えになってくれることも無い。

 結局エリオットの母親が回復することはなく、離縁の一年後、片田舎の領地で亡くなった。自殺だったという。今では、彼女の話題はタブーとなっていて、話に上ることはほほ無い。

 ホワイティはまだエリオットに加護を与えてはいなかったころ、泣きじゃくる彼を前になんとか母親を治せないかと奔走したものだ。
 しかし、心の病は、いかに名薬師といわれるホワイティでも治せない。
 彼女は、生涯を終えるその時まで、一度もフィオナにもエリオットにも、会いたいとは言わなかったのだという。

(……結婚に興味がないのは、それが心の傷になっているのかと思っていたけど、そうでもないのかしら)

 どうやらエリオットは本気で、セアラを落とそうとはしているらしい。

『……ん?』

 庭園の一部に、生き物の気配を感じる。

『なにかしら』

 でも姿は見えない。ホワイティは怪訝に思ったが、馬車が動き出す音が聞こえたので追及はやめて飛び立った。
 エリオットとセアラがこれからどういう選択をするとしても、ホワイティがやることは決まっている。エリオットの心と体を守る。それが、加護聖獣としての誇りでもある。

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