引きこもり令嬢の契約婚約
 空は茜色と藍色が混じりあっている。昼間よりも少し湿った空気に木々や土のにおいがこもり、吸い込むと自然を体内に取り込んだような気分になる。眼下に広がる庭園は、暗がりの中でも色とりどりであることは分かった。
 木々の合間から月が見え、もうじき夜が訪れることを告げている。

「わあ」
「いいだろう。庭園が見渡せるし、月も見える。ここからの景色はまるで絵画のようなんだ」

 確かに、手でフレームを作ると、芸術的な風景が切り取れる。

(エリオット様は本当に綺麗なものがお好きなのね)

「ここでよく、ホワイティと話すんだ」
「そうなんですか?」
「うん。……ホワイティ」

 エリオットが近くの木に向かって呼びかける。

 葉擦れの音はしたが、ホワイティは出ては来なかった。

「来ませんね。私がいるからかしら」
「というよりは僕に怒っているんだと思うけど。でもホワイティに、君のことを知ってほしいからさ。少し話しかけてみてよ」
「えっと」

 薄暗がりの中、セアラはおずおずと上を見上げる。

「ホワイティ様、覚えていらっしゃらないかもしれませんけど、シーグローヴ侯爵領で私を助けてくれてありがとうございます。疫病を治す薬を作ってくれたことも」

 カサカサという葉が揺れる音だけがして、やはりホワイティは姿を見せない。

「お礼を、ずっと言いたかったんです」

 柔らかい風が吹いた。今の気温よりも一度程度高い少し温かな風だ。

「ちゃんと届いていると思うよ」
「そうでしょうか」
「それにしても、君の声は心地いいね」
「なっ、か、からかわないでください!」

 エリオットの声が優しくて、薄暗がりの中、眼差しが熱を持っているようで、セアラは無性にドキドキする。

「本当にそう思っているんだ。僕は女性の甲高い声はどうも苦手で。君の話し方や声は落ち着く」

 エリオットが体をかがめ、セアラの肩に額を押し付ける。

「……ひっ」

 距離が近すぎる。思わず婚約者とは思えない悲鳴が出てしまった。

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