引きこもり令嬢の契約婚約
 セアラはハッと息を飲む。
 領地との行き来には馬で飛ばしたとしても五日はかかる。
 母の療養中、城の務め人である父が休暇を取り、ともにいたのは二年ほど。その後は、数か月に一度は母や子供たちの顔を見に領地へ来てくれた。
 当然、出世レースからは出遅れるだろう。

(……そんなこと、考えもしなかった)

「そんなお前に育てられた娘が、権謀術数はびこる政治の世界に向いているわけがない。お前だって娘が傷つけられるのを見たいわけじゃないだろう。……私はソフィアをどんなトラブルが起きようとも対処できるような娘に育ててきた。いいか。殿下の結婚に必要なのは愛ではない。いずれは王妃を務められるような能力の娘だ」

 息を止めたまま、呼吸ができない。セアラはふたりに見つからないように、そっと来た道を戻った。
 心臓はバクバクと脈打っている。

(オルセン侯爵の言っていることは正しいわ)

 セアラにとっては、口うるさいが申し分のない父だ。しかし、確かに同年代が皆、大臣などの役職についている中、家柄がいい父が、なんの役にもついていないのはおかしい。

(母様や、私のせい……だったの?)

 セアラとマイルズが王都に戻ってきてからも、父は引きこもりのセアラを心配して、あれこれ手をこまねいていた。用事がある日には、昼に抜けて迎えに来ることもあった。
 それらすべてが、父の仕事を邪魔していたのだとしたら……。

(私……私は)

 足元の床が、急にぬかるみにでもなったような気分だ。
 のうのうと、甘えて引きこもっていた間に、自分が父の可能性を奪っていたのだとしたら。

(……愚か者どころじゃないわ。こんな私が王太子妃なんて……)
 
 オルセン侯爵が反対するのも頷ける。情けないけれど、そう納得できてしまう。
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