引きこもり令嬢の契約婚約
 そう思ったら、セアラの心は散り散りになりそうだった。

「……ごめんなさい、アドレイド様。今日はこれで……」
「あら、もうお帰りになるの?」
「ええ。ごめんなさい」

 ふらふらとキャンベル公爵邸を出ると、後ろからアビーが追ってきた。

「お嬢様! どうしたんですか」
「あ……アビー、ごめんなさい」

 控室にいた侍女を忘れて出てきてしまうなんて、いくら動転しているからといってもひどすぎる。

「とにかく、馬車を呼んできますから待っていてくださいね」

 駆け出したアビーの背中を見て、ますます落ち込みうつむくと、足元に水滴が落ちた。

(私、泣いてるんだ)

 目の奥が熱い。涙をこぼさないように唇をかみしめるけど、ぽたぽた落ちて止まらない。

(情けない)

 辛いし悲しい。けれどこれは誰のせいでもない。ずっと引きこもっていた自分のせいだ。
 やるべきことから逃げていたツケが、ここに来て自分にのしかかってきたのだ。

「……大丈夫ですか?」

 男性の声がして、セアラは顔を上げた。そこにいたのは、不審な顔をした赤毛の騎士だ。

「あなた……ソフィア様の」
「キャンベル公爵令嬢とのお茶会で何か?」
「……いえ」

 慌てて涙を拭き、表情を整える。声が潤んでいることからも、泣いていたのはすぐばれてしまいそうだが、それでも毅然とした態度になるよう努めた。

「大丈夫です。ええと、レナルド様はどうして」
「私は、お嬢様のお使いの帰りです」

 レナルドの手には、先日話題に出ていたチョコレートのお店の袋がある。

「そうですか。……そろそろ侍女も戻ってきますので、大丈夫です」
「あ、あの方ですね。では、失礼します」

 立ち去るレナルドと入れ替わるように、アビーが戻ってくる。

「すぐ馬車も来ます。ところで先ほどの方は……」
「ソフィア様の護衛騎士よ。偶然前を通ったらしいわ」

 泣いていたことを、ソフィアに知られてしまうだろうか。
 期待してくれていたのに、情けないと思われてしまうだろうか。

(……ああ駄目、胸がチクチクと痛い)

 自分が何をしても、いい方向になんか転がらない。動くことすら、怖くなっていた。
 やがて来た馬車に乗り、心配そうなアビーの視線をやり過ごす。

「少し景色を見たいから、遠回りをしてくれる?」

 瞼の腫れが引いてから戻らなければ、泣いていたのかと心配をかけてしまう。

『時計台も行こうかと思っていたんだけど……』

いつだったか、ふたりで出かけた日のエリオットの言葉を思い出す。

「……時計台に、行きたいわ」
「かしこまりました」

 アビーが御者に行先を告げてくれる。揺れる馬車の中で、セアラは深くため息をついた。
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