鬼火姫〜細工師の契約婚姻譚〜
9話 結婚したのか⁉︎俺以外の男と…!
凛火と爽が婚姻をして一年が過ぎた。凛火は『英雄の妻』という隠れ蓑のおかげで、平穏な生活を送っている。
「行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
爽は仕事に出る時、必ず凛火を抱きしめる。爽の腕は、暖かくて安心する。ほっと力を抜いて、爽を見送ろうとした時だった。
「凛火!凛火はここかー!」
スパァンと玄関の扉が開いた。ビクッと身体を跳ねさせ、凛火と爽は俊敏な動きで離れた。
玄関には、一人の青年が立っていた。長髪を後ろで一つにまとめる、涼しげな出立ちの青年だ。しかし声の圧が強かった。
「いた!凛火っ!」
「り…凌空?なんでここに…」
その青年は、凛火の見知った顔だった。爽は目を細めて青年を見る。
「凛火さん、知り合いか?」
「あ…はい。幼馴染です」
「幼馴染?」
「凛火!そいつは誰だ!凛火に馴れ馴れしく近寄るな!」
青年は凛火の肩を抱いて、爽から遠ざかった。爽はムッと眉を顰めると、青年の腕を掴む。
「そういうお前は誰だ。勝手に人の家に上がり込んでおきながら、名乗らないとは何事だ」
「それは失敬。俺は凌空。凛火の幼馴染だ」
「そうか。僕は綾城爽。凛火さんの旦那だ」
「だんな⁉︎」
案外すんなり名乗った凌空は、爽の発言に目を剥いた。バッと凛火を振り返り、その肩を掴んで揺さぶった。凛火の頭がガックンガックン揺れる。
「凛火!どういうことだ、結婚したのか⁉︎俺と結婚するとか言ってたのに!」
「いつの話⁉︎」
「三歳の頃だ!」
「覚えてないよ!」
「そんなっ」
大袈裟に泣き崩れた凌空に、凛火はやれやれと首を振る。何をしに来たのだ、この男は。
「ていうか、なんでここに?」
「直感だ!」
「相変わらずすごい直感」
引くくらい当たる直感だ。
「凛火さん、この人は何なんだ」
爽が警戒心を露わに、凛火と凌空の間に立った。爽の周りを冷気が取り囲んでいる。凛火は口を開くことすら億劫になるが、凌空のことを紹介しないわけにはいかない。
「えっと、一応私の幼馴染です。工房長に引き取られる前に住んでいた集落の子で。昔よく遊んでいたんです。会うのは三年ぶりかな」
「へー…。三年ぶり」
爽がスッと目を細めた。凛火の肩に手を置いて、崩れ落ちている凌空を見下ろしている。まるで、犬の糞に塗れた雑草を見ているようだ。それに気づいて、凌空は爽を指差してギャンギャン吠えた。
「なんだよその冷たい目は!やっぱり凛火にお前は相応しくない!どうせ隠し事だっていっぱいしてるんだろ!」
「していない。凛火さんには包み隠さず話をしている」
「嘘つけ!俺の直感が、お前は嘘つきだって言ってるぞ!とにかく!俺は絶対にお前を認めないからな!すぐにでも離縁させてやる!」
凌空は凛火の手を取ると、ずいっと顔を近づけた。
「凛火!こんなところから、俺はお前を救い出す。待っていてくれ!」
「いや、結構よ…」
「すぐに助けてやるからなー!」
「人の話を聞きなさいって!」
バタバタといなくなった凌空を、凛火は唖然として見送った。本当に熱い男だ。カンカン照りの熱風が押し寄せているようである。
ドッと疲れを感じて、凛火は頭を抱えた。面倒な男に見つかってしまった。どうやって凌空を止めようか。拘束具になる細工はあっただろうか。
そんなことをうだうだ考えていると、肩に重みが載った。爽が後ろから、凛火の首に顔を埋めているのだ。
「…爽さま?」
「…幼馴染がいるなんて知らなかった」
「まあ、言ってなかったですし。そもそも会うのも久しぶりで」
「……知らなかった」
爽の声が不服そうだ。しかし実のところ、凛火は凌空の存在すら今の今まで忘れていたのだ。暑苦しいので、記憶から消していたと言っても良い。爽に話せるはずもないのだ。
「…僕の知らない凛火さんを知っているのか、あの男」
「いや、幼馴染って言ってもうっすい関係ですよ?凌空が大袈裟に言うからおかしくなっているだけで」
凛火は事実を口にしているのだが、爽の機嫌は直りそうにない。なぜだ。
困惑した凛火はしかし、首筋に当てられた柔らかいものに、びゃっと背中を跳ねさせた。なぜか、爽の唇が凛火の首に当てられている。爽の腕が凛火の腹に巻き付く。逃げられないように拘束されていた。
「そ…爽さま、何してるんですか⁉︎」
「んー?」
「んー?じゃないです!」
爽からくぐもった声が聞こえる。次いで、爽の顔が凛火の顔の横に回った。静かに凪いだ瞳の奥に、仄かに灯るものが見える。それに息を呑むと同時に、顎を掬われ唇が塞がれた。はっと凛火は顔を離した。
「そ、爽さま…!お仕事…」
「……面倒くさいから休もうかな」
「冗談言わないでください!」
凛火がポカポカ胸を叩くと、爽はくすくす笑ってまた口付けてくる。
爽の暖かさに溺れそうだ。愛おしい者に接するように触れられると、本当の夫婦のようでふわふわする。
どうか、このまま。こんな平穏な日々が続いてほしい。
凛火は願いを込めて、そっと目を閉じた。
「行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
爽は仕事に出る時、必ず凛火を抱きしめる。爽の腕は、暖かくて安心する。ほっと力を抜いて、爽を見送ろうとした時だった。
「凛火!凛火はここかー!」
スパァンと玄関の扉が開いた。ビクッと身体を跳ねさせ、凛火と爽は俊敏な動きで離れた。
玄関には、一人の青年が立っていた。長髪を後ろで一つにまとめる、涼しげな出立ちの青年だ。しかし声の圧が強かった。
「いた!凛火っ!」
「り…凌空?なんでここに…」
その青年は、凛火の見知った顔だった。爽は目を細めて青年を見る。
「凛火さん、知り合いか?」
「あ…はい。幼馴染です」
「幼馴染?」
「凛火!そいつは誰だ!凛火に馴れ馴れしく近寄るな!」
青年は凛火の肩を抱いて、爽から遠ざかった。爽はムッと眉を顰めると、青年の腕を掴む。
「そういうお前は誰だ。勝手に人の家に上がり込んでおきながら、名乗らないとは何事だ」
「それは失敬。俺は凌空。凛火の幼馴染だ」
「そうか。僕は綾城爽。凛火さんの旦那だ」
「だんな⁉︎」
案外すんなり名乗った凌空は、爽の発言に目を剥いた。バッと凛火を振り返り、その肩を掴んで揺さぶった。凛火の頭がガックンガックン揺れる。
「凛火!どういうことだ、結婚したのか⁉︎俺と結婚するとか言ってたのに!」
「いつの話⁉︎」
「三歳の頃だ!」
「覚えてないよ!」
「そんなっ」
大袈裟に泣き崩れた凌空に、凛火はやれやれと首を振る。何をしに来たのだ、この男は。
「ていうか、なんでここに?」
「直感だ!」
「相変わらずすごい直感」
引くくらい当たる直感だ。
「凛火さん、この人は何なんだ」
爽が警戒心を露わに、凛火と凌空の間に立った。爽の周りを冷気が取り囲んでいる。凛火は口を開くことすら億劫になるが、凌空のことを紹介しないわけにはいかない。
「えっと、一応私の幼馴染です。工房長に引き取られる前に住んでいた集落の子で。昔よく遊んでいたんです。会うのは三年ぶりかな」
「へー…。三年ぶり」
爽がスッと目を細めた。凛火の肩に手を置いて、崩れ落ちている凌空を見下ろしている。まるで、犬の糞に塗れた雑草を見ているようだ。それに気づいて、凌空は爽を指差してギャンギャン吠えた。
「なんだよその冷たい目は!やっぱり凛火にお前は相応しくない!どうせ隠し事だっていっぱいしてるんだろ!」
「していない。凛火さんには包み隠さず話をしている」
「嘘つけ!俺の直感が、お前は嘘つきだって言ってるぞ!とにかく!俺は絶対にお前を認めないからな!すぐにでも離縁させてやる!」
凌空は凛火の手を取ると、ずいっと顔を近づけた。
「凛火!こんなところから、俺はお前を救い出す。待っていてくれ!」
「いや、結構よ…」
「すぐに助けてやるからなー!」
「人の話を聞きなさいって!」
バタバタといなくなった凌空を、凛火は唖然として見送った。本当に熱い男だ。カンカン照りの熱風が押し寄せているようである。
ドッと疲れを感じて、凛火は頭を抱えた。面倒な男に見つかってしまった。どうやって凌空を止めようか。拘束具になる細工はあっただろうか。
そんなことをうだうだ考えていると、肩に重みが載った。爽が後ろから、凛火の首に顔を埋めているのだ。
「…爽さま?」
「…幼馴染がいるなんて知らなかった」
「まあ、言ってなかったですし。そもそも会うのも久しぶりで」
「……知らなかった」
爽の声が不服そうだ。しかし実のところ、凛火は凌空の存在すら今の今まで忘れていたのだ。暑苦しいので、記憶から消していたと言っても良い。爽に話せるはずもないのだ。
「…僕の知らない凛火さんを知っているのか、あの男」
「いや、幼馴染って言ってもうっすい関係ですよ?凌空が大袈裟に言うからおかしくなっているだけで」
凛火は事実を口にしているのだが、爽の機嫌は直りそうにない。なぜだ。
困惑した凛火はしかし、首筋に当てられた柔らかいものに、びゃっと背中を跳ねさせた。なぜか、爽の唇が凛火の首に当てられている。爽の腕が凛火の腹に巻き付く。逃げられないように拘束されていた。
「そ…爽さま、何してるんですか⁉︎」
「んー?」
「んー?じゃないです!」
爽からくぐもった声が聞こえる。次いで、爽の顔が凛火の顔の横に回った。静かに凪いだ瞳の奥に、仄かに灯るものが見える。それに息を呑むと同時に、顎を掬われ唇が塞がれた。はっと凛火は顔を離した。
「そ、爽さま…!お仕事…」
「……面倒くさいから休もうかな」
「冗談言わないでください!」
凛火がポカポカ胸を叩くと、爽はくすくす笑ってまた口付けてくる。
爽の暖かさに溺れそうだ。愛おしい者に接するように触れられると、本当の夫婦のようでふわふわする。
どうか、このまま。こんな平穏な日々が続いてほしい。
凛火は願いを込めて、そっと目を閉じた。