鬼火姫〜細工師の契約婚姻譚〜
6話 隠しごと
「何か、隠していますよね、私に」
爽の表情が固まった。胸の痛みを抑えながら、凛火は拳を握りしめた。
「おかしいと思っていたんです。狩人は、世間一般では存在が秘匿されている。詰襟の隊服を見たところで、鬼を狩る狩人とは誰も思わない。爽さまが私をただの一般人だと思っているのなら、隊服を私に見られたところで、いくらでも言い訳が効くんです。それにも関わらず、私に隊服を見せようとせず、それどころか必死に隠そうとしていた」
ただ、隊服を見せなかっただけなら、凛火は疑問を抱かなかった。爽は表向きは細工師として通っている。細工師ではありえない隊服を、妻に隠そうとしたのだろう。言及されたくなければ、隠すのも分かる。
だが、さっきの行動は説明がつかない。
「それにどうして、私が扇子を出すのを止めたんですか」
爽から感情が抜けた。
能面のようになった爽に、凛火は唇を噛み締めた。
ああ、嫌な予感が当たってしまった。
凛火は胸元から扇子を取り出した。それは一見、普通の扇子だ。当然だ。ただの人が使えば、それはただの扇子なのだ。
だが、凛火が使うとなると、話は変わる。
「これを見て、あなたは私の手を止めた。どうしてですか?」
爽は黙っている。だが、その沈黙が、爽の意志を明確にしていた。凛火は軋む心を無視して、言葉を続けた。
「あなたは狩人で、尚且つ、私が鬼だと知っているのでしょう?」
「……!」
爽が目を見開いた。そして、瞬きの間に間を詰められた。瞬きひとつの間に、爽が凛火の前に現れた。爽の清涼な瞳には激情が宿り、キッと凛火を睨みつけている。腕を掴まれ、凛火は前のめりにつんのめった。ぼすっと爽の胸に顔を突っ込んでしまう。
「どうして、口にするんだ。このまま誤魔化して過ごすことだってできたのに」
震える声に顔を上げると、爽が瞳を揺らして凛火を見ていた。
「もう、それ以上は言わないでくれ」
「どうしてですか。狩人は鬼を狩るのが仕事です。ならば、姿を現した鬼は討たなければ」
「嫌だ。あなたを殺したくない」
切実な声だった。
凪いだ水面に石を投げて波紋が広がるように、凛火の心はざわついた。
「どうして」
「あなたを討伐しないのは、僕の意思だ。あなたが鬼だと気づいていなかったわけじゃない。知っていて、放置していた。……約束しているんだ、あなたのお母さんと」
思いがけない人物が出てきて、凛火は目を丸くした。
「…おかあ、さん?」
「ああ。だから、全部知っている。あなたの正体も、細工を媒体に、能力を流し込んでいることも。なぜ細工を媒体にしなければならないのかも」
爽の背後で、花火が上がった。腹に響く音の衝撃が走る。
「…そこまで知っていて、私を殺さない理由は何ですか。私は鬼火姫です。いつか私には、英雄の刃がかかる。世界の厄災なんです」
「あなたを厄災にはさせない」
「あなたにそれができるって言うんですか」
「できる。だって、僕が『英雄』だから」
爽は凛火を抱きしめた。
爽の表情が固まった。胸の痛みを抑えながら、凛火は拳を握りしめた。
「おかしいと思っていたんです。狩人は、世間一般では存在が秘匿されている。詰襟の隊服を見たところで、鬼を狩る狩人とは誰も思わない。爽さまが私をただの一般人だと思っているのなら、隊服を私に見られたところで、いくらでも言い訳が効くんです。それにも関わらず、私に隊服を見せようとせず、それどころか必死に隠そうとしていた」
ただ、隊服を見せなかっただけなら、凛火は疑問を抱かなかった。爽は表向きは細工師として通っている。細工師ではありえない隊服を、妻に隠そうとしたのだろう。言及されたくなければ、隠すのも分かる。
だが、さっきの行動は説明がつかない。
「それにどうして、私が扇子を出すのを止めたんですか」
爽から感情が抜けた。
能面のようになった爽に、凛火は唇を噛み締めた。
ああ、嫌な予感が当たってしまった。
凛火は胸元から扇子を取り出した。それは一見、普通の扇子だ。当然だ。ただの人が使えば、それはただの扇子なのだ。
だが、凛火が使うとなると、話は変わる。
「これを見て、あなたは私の手を止めた。どうしてですか?」
爽は黙っている。だが、その沈黙が、爽の意志を明確にしていた。凛火は軋む心を無視して、言葉を続けた。
「あなたは狩人で、尚且つ、私が鬼だと知っているのでしょう?」
「……!」
爽が目を見開いた。そして、瞬きの間に間を詰められた。瞬きひとつの間に、爽が凛火の前に現れた。爽の清涼な瞳には激情が宿り、キッと凛火を睨みつけている。腕を掴まれ、凛火は前のめりにつんのめった。ぼすっと爽の胸に顔を突っ込んでしまう。
「どうして、口にするんだ。このまま誤魔化して過ごすことだってできたのに」
震える声に顔を上げると、爽が瞳を揺らして凛火を見ていた。
「もう、それ以上は言わないでくれ」
「どうしてですか。狩人は鬼を狩るのが仕事です。ならば、姿を現した鬼は討たなければ」
「嫌だ。あなたを殺したくない」
切実な声だった。
凪いだ水面に石を投げて波紋が広がるように、凛火の心はざわついた。
「どうして」
「あなたを討伐しないのは、僕の意思だ。あなたが鬼だと気づいていなかったわけじゃない。知っていて、放置していた。……約束しているんだ、あなたのお母さんと」
思いがけない人物が出てきて、凛火は目を丸くした。
「…おかあ、さん?」
「ああ。だから、全部知っている。あなたの正体も、細工を媒体に、能力を流し込んでいることも。なぜ細工を媒体にしなければならないのかも」
爽の背後で、花火が上がった。腹に響く音の衝撃が走る。
「…そこまで知っていて、私を殺さない理由は何ですか。私は鬼火姫です。いつか私には、英雄の刃がかかる。世界の厄災なんです」
「あなたを厄災にはさせない」
「あなたにそれができるって言うんですか」
「できる。だって、僕が『英雄』だから」
爽は凛火を抱きしめた。