隣に座る許可
第三章 空いた隣
03 空いた隣
第3章 空いた隣
店には彼女の周りを固める男たちがいた。カウンター内のシェフは白い皿の片側を大胆に空けたカルパッチョを出し、「空席のカルパッチョ。――今日は札、外しとくよ。選ぶのは彼女だ」と静かに言った。僕と同じように、距離を測っている。
紙コップを両手で包んだまま、湯気が上がるのを眺める。高校の先輩だという社労士が彼女に向き直り、「個人的に相談、もらってもいいだろうか」と口にした。彼女は穏やかに、「仕事の話なら許可します」と返す。言葉ひとつで席が整うのを見た。
店の隅では文化部の記者が、手帳の付箋に二重線を引いている。翌日の紙面に載る見出しを、まだ探しているのだろう。油の匂いと人の声が、店内の温度を少し上げる。
風鈴が鳴った。入口のほうで誰かが小さく言う。建築士が来た――と。彼女の初恋の人だと、あとで聞いた。
彼は自然体で、空いた隣へ歩く。一拍置いて、半歩だけ位置をずらした。その仕草を、彼女は見逃さない。座る前に視線で尋ね、視線で許す。何も起きない。けれど、何かが決まる。
僕は紙コップを置き、カウンター端の紙ナプキンの山に手を伸ばす。崩れてはいない。けれど、角をそっとそろえる。
半歩ずれた彼の位置が、胸の中で小さく痛む。——今日は、座らない。
店には彼女の周りを固める男たちがいた。カウンター内のシェフは白い皿の片側を大胆に空けたカルパッチョを出し、「空席のカルパッチョ。――今日は札、外しとくよ。選ぶのは彼女だ」と静かに言った。僕と同じように、距離を測っている。
紙コップを両手で包んだまま、湯気が上がるのを眺める。高校の先輩だという社労士が彼女に向き直り、「個人的に相談、もらってもいいだろうか」と口にした。彼女は穏やかに、「仕事の話なら許可します」と返す。言葉ひとつで席が整うのを見た。
店の隅では文化部の記者が、手帳の付箋に二重線を引いている。翌日の紙面に載る見出しを、まだ探しているのだろう。油の匂いと人の声が、店内の温度を少し上げる。
風鈴が鳴った。入口のほうで誰かが小さく言う。建築士が来た――と。彼女の初恋の人だと、あとで聞いた。
彼は自然体で、空いた隣へ歩く。一拍置いて、半歩だけ位置をずらした。その仕草を、彼女は見逃さない。座る前に視線で尋ね、視線で許す。何も起きない。けれど、何かが決まる。
僕は紙コップを置き、カウンター端の紙ナプキンの山に手を伸ばす。崩れてはいない。けれど、角をそっとそろえる。
半歩ずれた彼の位置が、胸の中で小さく痛む。——今日は、座らない。