隣に座る許可
第四章 中庭のベンチ

04 中庭のベンチ

第4章 中庭のベンチ

 翌日、再開発ビルの中庭で、建築士がベンチの位置を測っていた。巻尺の端が風に浮き、雲の色が低くなる。雨が来る。
「おはようございます」
 工具袋を提げて近づき、脚のボルトに指を当てる。微かに遊ぶ。
「締め直しても――いいですか?」
 建築士は頷いた。「頼む。許可する」
 レンチを交互に回す。金属のわずかな軋みが、すぐに消えた。建築士が小さな銘板を取り出し、文字を指でなぞる。
 For your now./いまのあなたへ。
「置いていくんだ」と彼は言った。「座るより、置くのが僕の仕事だと思う」

 雨脚が強まり、養生シートが剥がれかける。仮設の看板を立て、マジックで一行を書く。『隣に座る前に、目で合図を』。墨のにじみが風で少し伸びた。
 寺の若住職が張り紙を見て頷く。「作法は、場を守ります」遠くで、寺の鐘が一度だけ鳴った。
 そこへ打ち上げで見た記者が駆けてきて、小さな束を差し出した。「見出し、『いまの彼女』で出しました」
 彼女は銘板に触れ、静かな声で「今の私へ」と読み上げた。胸の奥で、ひとつ位置を決める音がした。
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