玄関を開けたら、血まみれの男がいました
 大貫の頬にドガンと拳が突き刺さる。
「大貫くん!」
 よけてよ、と思ったけれど、大貫はよけなかった。私をかばおうとしたからだ。ヒーローみたいに自分を犠牲にして、私を守ろうとするから。かっこいいけど、でも、でも!
 よろめいた大貫が足元に崩れ落ちる。それを私は震える足で立ちながら見ている。スマホから声が聞こえているが、応答する余裕はない。震える手でスマホを握り締め、男を睨みつけるだけで精一杯だ。もうこれ以上大貫を傷つけないで。
 男は崩れ落ちた大貫を見もせず、私に冷え切った目を向けて、歯をむきだした。
「とんだ邪魔が入っちまったな。おい、行くぞ」
 男が私の腕を掴もうとする。
 後ずさる私の目の前で大貫が立ち上がり、男を両手で突き飛ばした。
「浅野さんに触れるな!」
 男はしりもちをつき、「テメェ」とドスの効い声を絞り出す。男がパンツのポケットに手を突っ込んだ。
 なにか取り出すのだとしたら、それは、刃物ではないか。
 とっさに私は大貫の腕をつかんで引っ張った。
「逃げよう、大貫くん」
 しかし大貫はそれを振り払う。
「ひとりで逃げてください」
「なんで」
「こいつを捕まえなきゃ、いつまでも危険なままでしょ。浅野さん、狙われてるんだよ」
「それはそうかもしれないけど、でも」
 男のポケットから何か出てきて、男がそれを振るとキラリと光った。やっぱり刃物だ。グリップ部には血の跡がついている。以前大貫を刺したのも、この刃物なのだろう。
「に、逃げよう、逃げようよ」
 私は壊れたラジオみたいに「逃げよう」と連呼するしかできなかった。ひとりで逃げられるわけがない。大貫を見殺しになんてできない。
 でも大貫は腰を落とし、男を警戒したまま動こうとしない。逃げてよ、逃げてよという想いは、大粒の涙になって頬を伝うだけだ。
 男が刃物を握り直し、振り上げる。
「っつ」
 男の動きに合わせ、大貫が左腕で男の腕を払った。それでも刃物の切っ先が大貫の頬をかすめ、血がピッと飛ぶ。
「大貫くん!」
 もう嫌だ。
 なんでこんな目に合わなきゃいけないの。
 私があの空き巣の日、あの時間に帰宅したから?
 大貫と鉢合わせて、大貫と知り合ってしまったから?
 私の帰宅があと5分遅かったら、大貫はここまで巻き込まれなかった?
 私のせい?
「動くなっ!」
 どこからともなく大きな声が聞こえた。
 我に返る。
 暗闇の中で赤色灯がチカチカしている。
 そういえばパトカーのサイレンも聞こえていたかもしれない。
 すぐ近くにパトカーが止まっていた。警察官が銃を構えながら近づいてくる。
「チッ」
 男は舌打ちして走り出す。
 それを警察官の一人が追った。同時にもう一人の警察官が私と大貫の元へやって来て「怪我はありませんか」と切羽詰まった声で尋ねる。
「血が」
 大丈夫ですと答えようとする大貫を遮り、私は大貫の怪我をアピールした。警察が無線で救急車を要請する。そんな大げさな怪我ではないけれど、念のためらしい。
 パトカーが数台に増える。
 遠くで男性の言い争う声がした。
 私は大貫の腕の中に居た。震える身体を、二人で支え合っていた。
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