敏腕自衛官パイロットの揺るがぬ愛が強すぎる~偽装婚約したはずが、最愛妻になりました~
 「それじゃ、ここで失礼します」


 偽物のカップルとなった透矢とはここでお別れ。彩羽は両手を前に揃えて頭を下げた。
 ところが彼が、思いも寄らない言葉を口にする。


 「彩羽さん、このあと時間は?」
 「……はいっ?」


 誘い文句に聞こえたため声が上ずった。

 (無駄な時間を過ごすのが嫌でパーティーを抜けたんじゃなかったの?)

 透矢の質問の意図を図りかね、小首を傾げる。


 「俺に合わせてくれたお礼がしたい」
 「いえいえ、私も抜け出せて助かりましたから。お互いさまです」


 彩羽も無意味な時間を過ごさずに済んだのだから、お礼をされたら両得でなくなってしまう。


 「ブッフェの料理を端から端まで食べるつもりだっただろう? それを俺が切り上げさせたんだ。お互いさまじゃない」


 たしかに制覇はできなかったが、婚活するよりは料理を食べていたほうがいいという取捨選択だ。


 「近くにちょっと変わった創作料理を出すお店があるんだ。まだ満腹じゃないだろう?」
 「それはそうですけど……」


 料理を少しずつ摘まんでいたため、腹八分目どころか五分目にも満たない。


 「ちなみにかなりうまい」
 「えっ」


 彼のひと言に耳が反応する。


 「今、心が動いたね」
 「い、いえっ、動いてません」


 図星のため言葉につかえた。おいしい料理は、空同様に大好きだ。
 初対面の人に心を見透かされ、情けないやら恥ずかしいやら。茶目っ気たっぷりの表情をする透矢に向かって首を横に振るが、おそらく彼の目には否定として映っていないだろう。


 「まぁそう言わずに行こう」
 「あっ、ちょっ、待ってくださいっ」


 透矢は彩羽の背中を押し、そっと歩みを促した。


 「行って損はないから」
 「では、お礼ではなく割り勘にしてください。それなら行きます」
 「わかったわかった」


 強引に歩かされながらした提案を透矢が承諾する。適当にあしらわれた気がしなくもないが、割り勘なら堂々と行ける。
 彩羽が自発的に歩きはじめると、彼は満足そうに笑った。
< 8 / 21 >

この作品をシェア

pagetop