謎かけは恋の始まり
 ある日、杏南は部長のデスクに置かれた企画書に目を留めた。

『言葉遊びをテーマにした新シリーズ:ことばパズルラボ』

 懐かしいダジャレや謎かけ、回文など言葉遊びを通して、子どもたちの想像力を育てる知育玩具のシリーズ案だった。

「これ、部長のものですか?」

「ああ、そうだ。こういうの、子供の頃欲しかったんだよな」

 笑みを浮かべながら、部長は企画書の端を指先でとんと叩いた。

「藤井、一緒にやらないか? 藤井となら、この企画、もっと面白くできる気がするんだ」

 心臓がドクンと跳ねた。もちろん仕事の誘いだとわかっている。それでも、自分だけを特別に選んでくれたような響きに、頬がわずかに熱を帯びた。

「……はい、ぜひ。一緒にやらせてください」

 ――このチャンス、絶対形にしてみせる。
 杏南は全力で取り組む覚悟を決めた。

 それから数ヶ月後。試行錯誤を繰り返し、幾度も夜を越えた企画は、社内会議を無事に通過し、試作品も好評を得た。

 そして迎えた社内プレゼン当日。ステージ裏に立つ杏南は緊張で震えていた。原稿を握る手にじっとりと汗が滲む。
 頭の中が白くなりかけたその時、背後からぽんと肩を叩かれた。

「“藤井の緊張とかけまして、ゼンマイ式のおもちゃと解きます”」

 その声に、はっとして振り返ると、部長が悪戯な笑みを浮かべていた。

「……その心は?」

 反射的に返す自分がいた。

「巻きが強いほど、よく走るでしょう」

 杏南の肩から、すっと力が抜けた。目頭がかすかに熱くなる。その謎かけには、部長の優しさと励ましが滲んでいた。

「今のその緊張は、悪いものじゃない。むしろ力になるから大丈夫だ」

 まるで魔法のような言葉だった。

「はい!」

 部長の言葉を信じ、杏南は真っ直ぐ顔を上げてステージに進んだ。

 そして、プレゼンは大成功を収めた。

 その後、『ことばパズルラボ』は予想を遥かに超えるヒットとなり、シリーズ化が決定した。
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