謎かけは恋の始まり
 真夏の陽射しが容赦なく照りつけている。オフィスの窓から見える街並みは、陽炎に包まれてかすかに揺らめいている。
 気が付けば、営業部に配属されてから、一年以上が過ぎていた。右も左もわからないまま、がむしゃらに走り続けてきたけれど、不思議と今はそれなりの手応えを感じている。何より、憧れの部長と並んでひとつの企画を形にできたことは、杏南にとって胸を張れる成果であり、これからもずっと心の支えになるに違いない。

「『ことばパズルラボ』シリーズ化決定、おめでとうございまーす!」

 営業チームが開いてくれたささやかな打ち上げ。杏南の隣には部長が座っていた。

「いやあ、藤井のおかげでいいものができたよ。本当にありがとう」

 その言葉に、胸がじんと熱くなる。

「そんな……。部長のお手伝いをさせていただけて、光栄でした」

 それは本心だった。あの日、部長の夢を耳にしていなければ、きっと、自分は今ここにはいなかっただろう。

「部長と藤井さん、いいコンビだよねって僕たち話してたんです。“謎かけコンビ”ってね」

 部下の冗談に、部長は満更でもなさそうな表情を浮かべた。勘違いだとわかっていても、胸がざわめいてしまう。
 ――自惚れてしまいそうで怖い。

 宴が終わり店を出て、いつかのように部長とふたりで駅まで歩く。
 部下との祝杯がよほど嬉しかったのか、部長は珍しくほろ酔いだった。

「あ、しまった! 俺、店にスマホ忘れてきたよ」

 ポケットを探りながら、部長が慌てた声を上げた。

「戻りましょう、部長」

「悪いね。今日はちょっと飲み過ぎたかな。……こんなおっちょこちょいな俺に、これからも付いてきてくれるかい?」

 不意に投げかけられたその言葉に、胸がざわめく。

「部長、スマホを忘れたくらいで大袈裟ですよ」

 杏南は冷静を装って応えた。

「“スマートフォンとかけまして、藤井杏南と解きます”」

 再び杏南の胸が高鳴る。

「……その心は?」

「どちらも、“手放せない”でしょう」

 これは、ただの言葉遊びだ。

「やだ、部長~。完全に酔ってますね」

 軽く笑い飛ばすことで、自分の動揺をごまかした。けれど、火照る頬は隠しきれなかった。

 結局、終電を逃し、杏南は部長と一緒に駅前でタクシーを拾った。

「送るよ。どうせ方向一緒だろ」

 部長の言葉に甘え、杏南はタクシーに乗り込んだ。
 ぼんやり窓の外を眺める部長は、今、何を思っているのだろう。

「来週は夏祭りだな。よろしく頼むよ」

「はい、任せてください!」

 礼を言ってタクシーを降り、テールランプを見送る杏南の頭の中では、部長の言葉がリフレインしていた。

『どちらも、“手放せない”でしょう』
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