白衣の下に潜む静かな溺愛 ―命を救う手と音を奏でる指先のあいだで―
オペ室に漂う静けさが、今は少しだけ柔らかい。

人工灯の白が、淡く滲んで見えた。

「縫合に入ります。」

自分の声が、ヘッドセット越しに低く響く。

アームを慎重に戻し、最後の確認を終える。

「見事だったな。」

黒川先生の言葉。

だが胸の奥で何かが引っかかった。

成功――その言葉の重さを、今はまだ受け止めきれない。

針が細い糸を滑らせるたび、心臓の鼓動と重なる。

静寂の中、器具がわずかに触れ合う金属音だけが響く。

俺の指先が、かすかに震えた。

神経の緊張が抜けたわけじゃない。

ただ、あの指がもう一度、音を奏でられるかどうか……

その祈りが、指先に宿っていた。

「……彼女の音が、まだ鳴ってる。」

そう呟いた瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。

里奈さんが、少しだけ笑う。

黒川先生が深く息を吐いた。

針が最後の結びを終える。

音も光も、すべてが静止した。

——祈りの終止符。

だがその余韻は、確かにまだこの手の中にあった。
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