君を守る契約
終業時間になっても日中の忙しさが残り、私は残業することになった。ターミナルの照明は落とされ、人のいない空港はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。片付けを終えるとロッカーで着替えを済ませ、支給されたタクシーチケットを手に廊下へ出た。終電のないこの時間、遅番のスタッフはそれを使って帰るのがいつものことだった。スマホを取り出すとアプリでタクシーを呼ぼうとした時、不意に背後から足音がして呼び止められた。

「浅川さん」

振り返ると黒いコートを羽織る男性が立っており、よく見ると私服の松永さんだと気がついた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です。まだいたんですか?」

「少し遅れて降りてきたんです」

彼は視線を周囲に向けるが、人気はほとんどない。夜勤のスタッフもそれぞれの方向に散っていく時間だ。私のタクシーチケットを見ると不意に尋ねてきた。

「タクシーを呼ぶんですか?」

「はい。終電はないので会社のチケットで呼ぼうかと思って」

そう言ってスマホを見た時に彼が一歩近づいた。そしていつもよりわずかに声を落としている。

「もしよければ乗って行きませんか。今日は遅くなると思ったので車で来ているんです」

静かな廊下にわたしたちふたりきり。それでも声を落とし、気を使いながら声をかけてくれる彼に私は首を横に振る。

「ありがとうございます。でも松永さんもお疲れでしょうから、申し訳ないです。私ならタクシーを呼んで帰れますから」

彼だって今日一日中フライトで疲れているはず。それなのに送ってもらうなんて申し訳なくてお願いしますとは言えない。食堂で会話を交わしたのは2度きり。それなのに送ってもらうのはなんだか気が引けた。でも彼は自然にその壁を乗り越えてきた。

「気にしなくていい。どうせ同じ方向なんだから」

同じ方向……。それが本当かわからない。でも彼の声のトーンに嘘は感じられなかった。
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