君を守る契約
「そんなのできません……」

やっと小さな声が出た。その言葉に彼は、

「あなたの心配事が消えます」

「でも、できません。私が働けばなんとか……」

「なりますか?」

彼の冷静な声に私の声は萎む。毎日通帳を眺めて、勝手に増えないその数字にため息ばかりついているのだから、現実を1番わかっているのは私だ。でも彼がなぜこんな提案をするのかわからない。決して冗談を言っているような雰囲気ではない。

「形式的な結婚です。親族への挨拶も入籍もきちんと行います。でもそれは恋愛ではなく契約として、です」

淡々と話す彼の言葉に私には疑問しか湧いてこない。

「どうしてそんなことを言うんですか? 松永さんに何の特にもならないと思います」

彼は私の問いにすぐに返事を返してこなかった。信号が赤に変わり、車が止まると助手席に座る私の方を見つめてきた。暗がりの中に見える彼のその顔は真剣な面持ちだった。

「あなたの頑張る姿を見て居られなくて……」

小さくつぶやかれた言葉に今度は私が言葉を失った。静寂の中、信号は青に変わり動き出す。
ナビを見ているとそろそろ家が近づいてきていることがわかる。彼は前を向いたまま「俺にもメリットはあります」と付け加えるように言った。その声は静かだったが、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。
マンションの前に到着し、車を降りると窓が下げられた。

「返事は今じゃなくていい。でも、早く欲しい」

そう言うと彼の車は静かに発進した。
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