君を守る契約
家に帰ると今日も部屋の中は静まり返っていた。部屋の明かりをつけ、暖房を入れるとそのままソファに座ってしまった。
ふぅ、と大きく息を吐くと松永さんに言われた言葉が頭の中をループする。
“結婚“というこのパワーワードに私の胸は車を降りた今もドキドキしていた。
いつも遠目に見ていた松永さん。彼と話したのはたった2回だけ。それなのになぜこんな話を持ち出してきたのだろう。私は一方的に彼のことはもちろん知っていた。でも彼は違うだろう。その他大勢いるスタッフのひとりである私を知っているわけがない。そこでふと疑問に思った。彼が私の名前を知っていることに……。そういえば彼はさっきも名前で呼ばれた。今はネームをつけていないのに覚えてくれていたのだと思うと何だか不思議だ。
一度立ち上がるといつもの引き出しを開ける。そこには毎日のように眺めている通帳があった。
このままいけば本当に足りなくなる日が来るかもしれない。そう不安に押しつぶされそうになっているところで幸也から電話がかかってきた。

『姉ちゃん、元気にしてる?』

「幸也こそ元気なの?」

メッセージのやり取りはしているが、電話で話すのは本当に久しぶりだ。幸也の明るい声を聞いてホッとした。幸也は寮生活にも馴染み、サークルにも入ったようで忙しいながらも充実した日々を送っているようだ。

『あのさ、もうすぐ病院実習が始まるんだ。それで……できればもっといい聴診器を買った方がいいって言われちゃって。あと、白衣の他に実習に出るときに使うスクラブとかペンライトも必要なんだ』

幸也は気まずそうに言い出した。お金のかかる話だから幸也も心配しているのだろう。

「大丈夫だよ。いくらくらいかかりそう?」

私はたいしたことじゃないとばかりに明るい声を出すとそう尋ねる。

『聴診器は3万以上する。スクラブもどうしても洗い替えが必要だから2枚は欲しいから1万近い……』

「洗い替えってもっといるんじゃない? 今は実習期間が短いけどだんだん長期間になってくるでしょう。そうしたら洗濯だってままならなくなるだろうし。とりあえず10万送るからね」

『ごめん、姉ちゃん』

そう口にすることができる幸也は本当に優しい子だ。

「何言ってるの。必要なものなんだからいいのよ。幸也は心配しないで」

電話を切ると私は深いため息がこぼれ落ちた。必要なものだから仕方ない。払えない金額ではない。でも、確実に痛い出費だった。改めて通帳を眺めると、その数字の重さが心にのしかかってきた。
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