君を守る契約
自宅に帰ると玄関には弟の幸也(ゆきや)が立っていた。うまく説明ができず、とにかく家で待つように伝えたので玄関にいたのだろう。幸也をタクシーに乗せると市民病院へ向かうように運転手に告げた。

「幸也、病院から電話があってね。お父さんとお母さんが事故にあったみたいなの」

幸也に現状を伝えるがそれ以上は話せなかった。自分でもまだ信じられなかったからかもしれない。病院で今も心肺蘇生がされているなんて、嘘であって欲しい。

病院に到着するとすぐに私たちは救急外来に案内をされた。
部屋に入ると横並びにストレッチャーが置かれ、どちらもその周りには多くの医師、看護師が取り囲んでいた。点滴や輸血のようなものもたくさんぶら下げられており、その中心にいるのは心臓マッサージをされている両親の姿だった。

「お母さん!」

幸也の声が呆然と立ち尽くしてしまった私の気持ちを引き戻す。
それと同時に両親を取り囲む医師の1人が私の元へやってきた。

「医師の北川(きたがわ)と言います。ご両親がここに運ばれてきて間もなく1時間になります。おふたりとも事故で内臓を損傷しており、手術できない状態です。今、我々の手で心臓マッサージを施していますが、手を止めると心臓の動きが止まる状態です。呼吸も人工的に行なっていますが脳は挫傷しており機能していません」

そんな……。今こうしているのは医師がマッサージしてくれているからであって、この手を止めたら死んでしまうということなの?
あまりの衝撃に立っていられず、座り込みそうになる。
北川先生がさっと私の腕を取ると近くにあった椅子に座らせる。

「こんなことをあなたにいうのは酷だと思います。でもこのままではご両親がいつまでも苦しいままです。我々はあなたの許可がなければこの手を止めてあげることはできないんです。残念ですがすでに1時間経過しており、その間に生体反応は見られませんでした」

うぅ……。私の目から両親をまともに見ることができなかった。とめどなく流れる涙が邪魔をした。

「もう、戻ってくる可能性は少しもないのでしょうか?」

震える声で振り絞るように尋ねた。

「非常に残念ですが、その可能性はありません。我々の力及ばず申し訳ありません」

これだけの医療スタッフに囲まれ、両親は最善の医療を受けたのは間違いない。1時間もこうして心臓マッサージを続け、今こうして話している間も手を止めることはない。医師はみんな額に汗が滲んでいるのが見えた。

「止めてください」

やっと出たその声は小さなものだった。でもその声を聞き、北川先生は手を止めるように端的に伝えていた。手を止めた瞬間、モニターに真っ直ぐのラインが出た。
あ、あぁ……。

「近くに行ってあげて」

看護師に促され私は幸也と共に両親のそばに近寄った。

「お父さん……、お母さん?」

幸也の声が震えていた。
私は幸也の手を繋ぐとぎゅっと握りしめた。
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