君を守る契約
そして松永さんの言葉がまた頭の中に蘇る。
彼の言葉に甘えたくなる。でもそんなことを考えてしまう自分が情けなくて、涙が出てきそうになる。
誰か、助けて……。
奨学金をもらえるくらい幸也だって頑張っている。それなのに私だけ逃げるような考えを持つのが嫌だ。でもいつか行き詰まってしまうのではないかと不安で仕方ない。そんな不安を誰にも話せずいる。支えてくれる人は誰もいない。今までだってこの8年間、ひとりで幸也を育ててきた。でもこんなときに話を聞いてくれる人がいたら、と思わなかったわけでない。必死で生きてきて誰か寄りかかったりすることも付き合うこともできずにここまできた。だから松永さんの提案を受け入れたくなる自分がいた。でもそれを情けなく感じる自分もいた。
どうしたらいいのだろう。
結婚はそんな簡単なものなのだろうか。いつかは結婚したいと漠然と思っていた。両親の仲の良い姿は今でも脳裏に焼き付いていて、私もあんな家庭が築きたい。でもそれは幸也を無事に医者にさせたあとの話だ。それなのにこんな打算のような結婚をしていいのだろうか。
それに彼にとって契約結婚はそんなにもメリットのあることなのだろうか。彼に「メリットはある」と言われたが、よくわからない。でも彼のその言葉が最後の抵抗を溶かしつつあった。

ベッドに入ったあとも彼の言葉が頭の中を巡る。
よく寝付けぬまま翌朝を迎えた。
そして意を決してスマホを手にすると、昨日彼に教えてもらったIDを開く。

【おはようございます。昨日のお話ですが、その契約をお受けします。浅川】

文面を何度も書き直したが、あれこれ書くよりもシンプルな方がいいと思い震える手で送信ボタンを押した。
そしてすぐに既読がつき、返信がきた。

【おはよう。今日は休みですか? もしよければ会って話しませんか?】

【今日はお休みなので大丈夫です】

大きく息を吐き出すと肩の力が一瞬だけ緩むが、彼の返信が来るたびにまた緊張が走る。11時に迎えに行くと言われ、やり取りを終えた。
昨日の今日で決断。早まったかもしれない。でもきっといつまで考えていても悩み続けるだろう。
松永さんの普段の姿を見ていると悪い人ではないように見える。それに少ししか話したことはないが、彼の雰囲気にホッとさせられるようなところを感じていたのもあり前に踏み出そうと思った。
送信したあと、しばらくスマホを握ったまま動けずにいた。決めたはずなのに胸の奥が小さく震えていた。でももう迷わない。
よし!
私は気持ちを切り替え、支度を始めた。
< 21 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop