君を守る契約
「本当はそれが1番ですよね。でもそんな都合よくいきません。そうこうしている間に妻がここに送り込まれでもしたら……。だから俺には縁談を断るための盾が必要なんです。でも俺は嘘をつく相手を選びたくなかった。あなたなら、胸を張って“妻“だと言える」

その言葉に喉の奥が熱くなり、胸の鼓動が早くなった。契約の話だったはずなのに、その声色はあまりにもまっすぐで私は彼からの視線をそらせずにいた。

「……どうして、私なんですか?」

かろうじてそれだけを絞り出したが彼は何も言わない。しばらく考え込むような仕草を見せていたが、ようやく重い口を開いた。

「浅川さんの働く姿を見ていました。空港で誰よりも丁寧に、誰よりも優しく、そして背筋を伸ばし凛とした姿に目を惹かれました。あなたなら信じられると思いました」

まるで告白を聞いているようで顔が火照ってくる。それでも、私をそんなふうに見ていてくれた人がいたのだと思うと胸の奥がじんわりと温かくなる。

「でも、私でいいんでしょうか?」

「えぇ、あなたがいいんです」

一瞬の沈黙。なぜか胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚。そして、まっすぐな言葉に私の揺れていた心が定まった。

「わかりました」

すると彼は立ち上がり、チェストの上に置いてあった封筒を持ってきて私に手渡す。中を見るように促され、開封すると中には契約書が入っていた。特にサインするようなものではなく、それは取り決めのようなものだった。

「期間は3年。もちろんその間あなたの弟さんの学費も生活費も援助します。その代わり、入籍をしてもらいます。事実婚だと両親に跳ね飛ばされますので。その上でここに住んでもらいます。部屋は余っているので鍵のかかる玄関のそばを提供します。生活費は全て出します。掃除は週に1回業者に入ってもらっているので大丈夫です」

怒涛の流れで説明を始める彼の姿に少し驚かされる。弟の面倒を見てもらった挙句、私の生活費まで出してくれるなんて……。このマンションも家賃も相当なものではないだろうか。それに掃除の業者が入るなんて、彼の給料はいかほどなのだろうか。大丈夫なのかと不安になる。
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