君を守る契約
私たちはマンションを出ると近くの役所に向かった。つい10分前まで他人だったのに、紙1枚で夫婦になってしまった。あっけないほどに簡単で、全然実感は湧かない。でも渡された書類に書かれている彼の名前の横に松永琴音と書かれた自分の名前を見て、夢を見ているような気持ちになった。

「今日からよろしく」

彼はその紙を見つめつつ、私に頭を下げてきた。私も慌てて「こちらこそよろしくお願いします」と返すと、彼は微笑んでくれた。

「まだ時間が大丈夫なら指輪を買いに行かないか?」

まだお昼を少し過ぎたばかりの時間。節約しかしてこなかった私に行くところなんてない。彼は車を出すと有名なブランドが並ぶ銀座に連れて行ってくれた。いつもと同じオフィスカジュアルな服装でいいのか悩むが、彼はずんずんと中に進んでしまった。私はあとを追うように店に入る。

「婚約指輪と結婚指輪を見せてください」

するとすぐにソファのある席へと案内される。彼は私の腰にそっと手を添えると、優しくソファへと促してくれる。私たちの前に座った店員さんに「このたびはおめでとうございます」と言われなんだがそわそわしてしまう。

「ありがとうございます。婚約指輪と結婚指輪を見せていただけますか?」

「もちろんです。婚約ですと一般的には立て爪ですが、今はいろいろなデザインを選ばれます。カットや石の大きさ、土台のデザインもさまざまでございます。何かご希望はございますでしょうか?」

「いえ、よくわからないので色々見せてください。でも普段使いできるものの方がいいかな」

彼が店員さんと相談してくれて助かる。私は今までに貴金属を買ったことがない。お店に入ったこともなかったのでどうやって購入するのか全くわからない。彼の話を聞き店員さんが席を離れたと同時に私は彼に声をかけた。

「松永さん、婚約指輪はいらないんじゃないでしょうか。結婚指輪は3年後に外すのであまり値の張らないもので……」

小声でそう伝えるが彼は首を横に振った。

「俺が買いたいからいいんだ。でももちろん君にもつけてもらいたいから一緒に選んで欲しい。仕事中につけて欲しいんだ」

高そうなお店なので恐縮してしまうが、きっと彼は既婚者としての証が欲しいのだろう。私は渋々頷いたが値段だけは譲れないと思った。
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