君を守る契約
食後、片づけを終えると、彼は湯呑を手にして言った。

「近いうちに、弟さんにご挨拶したいと思っています」

「……そんな、まだ早いですよ」

「いえ。大事な人には、きちんと話したいんです。弟さんも知らないうちにお姉さんが結婚してたなんて聞いたらショックでしょう」

確かにそうだと思う。でも幸也に宗介さんを紹介するのは何だか気恥ずかしくてそわそわしてしまう。ただ、彼のそんな優しさがじんわりと心の奥を温める。宗介さんは“契約”というけれど、それでも私たち姉弟のことをちゃんと考えてくれている。だから私も彼のためにこの3年間を捧げようと心に決めた。
夜が更け、時計の針が静かに進むが、私たちはまだぎこちない距離のまま。それでもどこか居心地の良い沈黙の時間が流れていた。

「引っ越しなんだけど、いつ頃可能?」

「それなんですけど、3年後に住む家がなくなるのは困るのでマンションはそのままにしておいてもいいですか? 幸い両親の保険で返済は済んでいるので」

本当はこのマンションを最終的には売却し学費の補填に当てようと思っていた。でも両親との思い出がたくさん詰まったあの部屋をなかなか売却する決断ができずにいた。決して広くもなく、新しいわけでもない。それでも私にとっては両親の思い出と共に、私が幸也を育ててきた証のように感じていたものだった。

「もちろん。実家がなくなるのは弟さんにとっても寂しいだろう。俺は琴音がここに引っ越してくれればそれでいい」

よかった。金銭的なことを言えば彼に頼らず、マンションの売却でもすればいい話だ。でも彼は、私たちの家を失う辛さもわかってくれていた。

「それなら、着るものや雑貨類をまとめればすぐにでも来れます」

「そうか。次に一緒に休みなる日に車を出すから一緒に運ぼうか」

彼は自分のシフトを私のスマホに送信してきた。私も自分のシフトを送信するとふたりで休みの重なる日を見合わせた。するとタイミングよく1週間後に休みが重なることがわかった。
彼にマンションまで送ってもらうと、1週間後に引っ越してくるのを楽しみにしているから、と帰り際に言うと帰っていった。契約、のはずなのに楽しみにしているなんてなんだか不思議。でも嫌な感じはしない。むしろ私も今朝家を出る時とは違い、気持ちが晴れていることに気がついた。誰かと生きるということが温かいものだったと思い出すことができた気がした。
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