君を守る契約
翌朝、彼は約束通りインターホンを鳴らした。玄関を開けると冬の朝の光を背に、彼はいつもより少しだけラフ。それでも黒いコートの襟を立て、黒いパンツを合わせた彼はスタイルの良さを表していた。

「おはよう。準備はどう?」

「おはようございます。準備はできてます。あとはこの荷物を運ぶだけです」

玄関近くに山積みになったダンボールとスーツケース、洗剤や冷蔵庫に残る食材、調味料を入れた紙袋がいくつも置かれており、彼はそれに目をやると、ためらうことなく靴を脱ぎ、ひとつひとつ軽々と持ち上げては車へと運んでいった。その姿を見ながら私は小さく頭を下げた。
荷物がほとんど運び出され、部屋の戸締りをしてそろそろ出ようかという時になり、ふと彼はリビングの一角に目を向けていた。そこにあったのは両親に写真が飾られた小さな仏壇だった。

「ご両親……ですよね?」

彼はためらいがちに尋ねてきた。

「はい」

「ご挨拶をしても?」

「はい」

彼は仏壇の前に正座をすると静かに手を合わせた。長い沈黙が訪れ、彼は目を開けるとゆっくりと顔を上げた。そして私の方を振り返る。

「一緒に連れて行けないか? ご両親もここにいたら寂しいだろう。それにきっと琴音のそばにいたいと願っているよ」

その言葉に胸がきゅっと締め付けられた。実は迷っていた。亡くなった人の写真を彼の家に持っていっていいものか……。せめて小さな写真だけでもとL判のサイズを1枚、バッグの中に忍ばせていた。けれど彼は丸ごと一緒に連れて行こうと言ってくれた。

「ありがとうございます……」

ようやく出した声は震え、涙が溢れそうになり慌てて俯く。すると彼は優しく、

「いいんです。俺がもしあなたと同じ立場なら家族をここに置いていくのは辛いと思ったんです」

その言葉に溢れ出す涙を止めることはできなくなってしまった。そんなふうに私の家族のことまで思ってくれるなんて。胸の奥でそっと何かがほどけていくようだった。
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