君を守る契約
「でも、俺もあんなに注目されるとは思っていなかったよ」

少しだけ彼はそう言って笑っていた。彼は自分がどれだけの人なのか自覚がないのだろう。

「嘘でも建前でもなく、君が妻だって言えて嬉しかったよ」

どうしてそんなこと言うの? 嘘の関係なのにその言葉にまた宗介さんの言葉に胸の奥がギュッと締めつけられる。彼は契約だからこうして私に優しくしてくれる。私のメリットも大きけれど、彼にとっても大きなメリットだと話していたのはわかっている。でも彼の言葉に私の心は何度となく揺すぶられてしまう。

「明日も一緒に行く?」

「できれば別が……」

「そう? 残念。あのさ、明日はスタンバイなんだけど、お弁当って……」

彼は少しだけ眉を下げ、子供のように私を見上げてきた。その仕草があまりに素直で笑ってしまった。
今日のこの騒がれようで、明日お弁当を持っていったらどんなことになるか想像は容易い。本当は断りたいが、彼の目は相当期待しているのを感じた。

「作るのはいいんです。私は自分の分を毎日持っていってますし。でもそのせいでまた目立つのがちょっと……」

「わかった。目立たないようにするから!」

まるでこっそり嬉しい秘密を共有した子供のように、前のめりになる彼の笑顔を見たらもう断れない。
どうしてそこまでしてお弁当を食べたいのだろうか。目立たないように食べるなら既婚者のアピールができないのに。でも結局作ることになり、明日のおかずを悩み始めた。私だけなら残り物でいい。でも彼の分となるとそれだけではダメな気がする。作るのが少し不安、でもなんだか楽しみにもなってきた。

「わかりました。じゃ、明日はまた頑張ってみます」

「ありがとう、楽しみにしてる」

その言葉に胸の奥がほんの少しだけ温かくなった。さっきまでの職場のざわめきや視線が遠い世界のことのように思えた。
契約だから優しいのだとわかっている。でも、その笑顔を見るたび心がゆっくりと揺れてしまっているのを感じた。
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