君を守る契約
***
仕事を終えて帰宅すると、すでに部屋の中には柔らかな明かりが灯っていた。玄関の照明よりも少し暗く、だけど不思議とあたたかい。靴を脱ぎながらふと奥を覗くと、ダイニングテーブルの向こうに宗介さんの姿が見えた。
シャツの袖を少し折り、湯気の立つマグを手にしている。帰宅して最初にその光景を見た瞬間、心の奥がふわりと緩んだ。

「おかえり」

「ただいま。もう帰ってたんですね」

「うん。少し早めに切り上げたんだ」

彼の言葉にどこか嬉しさが滲んでいる気がした。私がコートを掛け、バッグを置いていると、彼はマグを置いてこちらを振り返った。

「今日のお弁当、美味しかった」

その一言に手が止まった。
たったそれだけの言葉なのに、まるで心の奥を撫でられたように温かい。
どう答えていいかわからず、つい視線を逸らしてしまう。

「ありがとうございます。あり合わせのものですけど……」

「ううん。卵焼きの甘さがちょうど良くて、疲れが取れたよ」

頬が熱くなるのを感じる。

「今すぐ夕飯作りますね!」

話を逸らし、私は手を洗うとすぐにキッチンに立とうとした。

「琴音も一度コーヒー飲まない? 俺も一息つきたいし」

彼はもちろん一息ついていて構わない。でも私は夕飯を作るのもこの生活の契約の一部。

「宗介さんはゆっくりしててください。今日は白菜のバラ鍋なのですぐ作りますね」

私がパタパタとエプロンを付けようとすると、彼もキッチンに入ってきた。

「よし! じゃあ、俺もやるよ」

「いえ、休んでてください」

まさか今日も彼がキッチンに立とうとするなんて思わなかった。スタンバイと言っていたが、特に変更の連絡もなかったので彼は飛行機に乗らなかったはず。でも地上にいてもやることは桁違いに多い。だから家ではのんびりしてもらうのが私の役目だと思うのに。

「そういうわけにはいかないよ。琴音だって仕事してきてるんだから」

「でも、宗介さんの仕事は大変だから……」

「琴音だって一緒だろ。俺もやれない時もあるけど、やれる日は手伝いたいから」

彼は私のエプロンを取り上げると自分で付けてしまった。

「私がいたら落ち着いてのんびりできないですか?」

せっかくコーヒーを飲んでいた彼を立たせてしまったことがどうしても気になってしまった。これから3年間、彼に気を遣わせるような生活にしたくはない。
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