君を守る契約
「全然。いつもダラダラして夕飯も食べたいものを適当に食べていたからきちんとした食生活になって調子がいいんだ。だから気にしないで」

そう言うと手を洗い始めてしまった。私は部屋からもう一枚エプロンを持ってくると彼の隣に並んだ。昨日と同じように野菜を洗うところからお願いする。その間に私は手抜き茶碗蒸しの準備を始めた。幸也が好きで良く作っていたが、引っ越してからは全く作らなくなってしまった。でも、誰かのためにと思うとまた色々と作りたくなり、久しぶりにやる気が起きた。
あっという間に食卓が湯気で覆われる。2人で鍋を囲みながら何気ない会話が部屋をより温かくさせる。

「宗介さんのお弁当箱買ってきたんです……。今日は突然だったので幸也の使ってたものになってしまって。だから、その……」

「本当か? すごく嬉しいよ。いや、幸也くんのお弁当箱が嫌だったんじゃないんだ。琴音が選んでくれたのが嬉しいんだ」

宗介さんは少し前のめり気味で喜んでくれた。日に日に彼は表情が豊かになっている気がする。

「ありがとう。……明日も楽しみにしていい?」

「え?」

「お弁当。作るの、大変じゃなければ」

彼の目は真剣で、まるで何かを願うようにまっすぐだった。そんな姿に思わず小さく笑ってしまう。彼がこんなふうに素直に頼みごとをするなんて、珍しい。

「はい。できる範囲で……」

「ありがとう」

宗介さんの口元がほんの少しだけ、子どものように綻んだ。あの真面目で無口な彼が、こんな表情をするなんてきっと職場のみんなは知らないだろう。そう考えると私の胸の奥が、きゅっと鳴った。
ふたりでひとつの鍋を食べる時間がなんだか穏やかで、幸せ。仮初の結婚だとわかっているけど、それでもこの優しさに浸ってしまいたいと思ってしまった。
けれど……こんなふうに誰かと笑いながら食卓を囲む日々を、また当たり前のように感じてしまうのが少し怖かった。優しさに慣れてしまえば、
きっと、もうひとりでは戻れなくなる気がした。
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