君を守る契約
翌朝、目覚ましが鳴るよりも早く目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む光が薄い白を帯びて部屋を照らしている。
幸也がいなくなった部屋はやっぱり静かなまま。
昨日温めたままのマグカップがそのままテーブルに残っていた。私は自分用の簡素なお弁当を作りながらそれを片付ける。ついこの前までは幸也の大きな弁当箱にこれでもかというくらいにぎゅうぎゅうに詰め込んでいた。それが今は適当な残り物を詰めるようなものになり、なんだかおかしくなりクスッと笑ってしまった。
「よし」と自分に気合を入れると出勤の支度を始める。髪の毛をまとめ、乱れがないようにきっちりとセットする。オフィスカジュアルな服に着替えるとテキパキと動き始める。
玄関を出ると、駅までの道のりを冷たい風が頬を撫でる。思わず上着のポケットに手を突っ込んだ。
急に寒くなったな、と思うのと同時に、さらに北の方にいる幸也は上着が心配になった。あの子が去年着ていたジャケットはだいぶ古くなっていたんじゃなかったかな。そう思うといてもたってもいられずにメッセージを送る。

【おはよう。そっちは寒くなってきてるんじゃない? 上着は大丈夫? 去年のはもう古かったと思うからお金を送るので買ってね】

それだけ送ると私はまたポケットに手を突っ込むと駅に足早に向かった。
季節は確実に巡っているのに、なぜか心だけがどこかに取り残されたようだった。

空港に着くといつものざわめきに急に背筋が伸びる。アナウンスにキャリーバッグを引く音、コーヒーショップの香り、その全てが私のに日常だ。

「浅川さん、3番ゲートでトラブルみたい。応援をお願いします」

無線を受け私はやや小走りにゲートへ向かう。するとちょうど向こうから歩いてくる人影があった。黒いパイロットスーツは昨日の彼だった。見かけて思わず声をかけてしまった。

「おはようございます」

もちろん特別な挨拶ではない。職業的な挨拶でそれ以上の意味もない。けれど彼は一瞬こちらをみてわずかに口角を上げた。

「……あぁ、おはよう」

その声は騒がしい朝の中でもはっきりと耳に届いた。
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