この恋、史上最凶につき。
第三十二話 お泊まりデート
時雨くんの家へ向かう道は、夕陽に染まって少しだけ赤い。
胸の鼓動が、歩くたびに小さく鳴っている。
「……ほんとに今日、行っていいのかな」
思わず呟いた声は、風に溶けるように弱かった。
でも、そのすぐ隣で、時雨くんがふっと笑う。
「言ったよな、雪菜。『来てほしい』って。逃がす気ないし」
指先を絡められた瞬間、頬が熱くなる。
夏は終わったのに、手の温度だけは火みたいに温かい。
織田家に着いたとき、胸の奥がどきどきしていた。
時雨くんの家に泊まるなんて……やっぱり緊張する。
玄関で靴を脱ぐと、時雨くんが覗き込む。
「なんでそんなに緊張してんだよ。俺の彼女なのに」
その言葉だけで心臓が跳ねる。
わかってる、わかってるのに……慣れない。
居間に通された私は、そわそわしながらカバンを抱きしめていた。
そんな私を、時雨くんがすぐ隣に座って、ぐいっと抱き寄せる。
「雪菜、こっち」
肩に置かれた腕は、ちょっと力強い。
独占するみたいに、逃がさないみたいに。
「……時雨くん、近いよ」
「近くていい。……今日くらい、俺のわがまま聞けよ」
低い声に、胸の奥がじんわり熱くなった。
夕食のあと、二人で部屋へ向かうときも、
時雨くんはずっと手を離さなかった。
私が落ち着かないのを見て、彼は少し笑う。
「緊張する必要ねぇって。何もしねぇよ、今日は」
そう言われたのに、その“今日は”の一言が逆に意識させてしまって、
私はますます胸がどきどきしてしまった。
部屋に入り、布団を敷くのを手伝っていると、
時雨くんが後ろからそっと腰に腕を回す。
「雪菜……来てくれて、ありがとな」
耳元で囁かれ、全身が熱に包まれる。
「……ううん、私こそ。嬉しいよ」
そう答えると、時雨くんの指先がきゅっと腰を抱き寄せる。
まるで“落とさないように”握っているみたい。
私が振り向くと、時雨くんの目はとても優しかった。
「……雪菜。俺、お前が思ってるより、お前のこと好きだから」
「嫌だったら言えよ。絶対やめるから」
そんなふうに言われたら、もう――胸がいっぱいになってしまう。
私はそっと彼の胸に額を預けた。
「嫌じゃない……むしろ、嬉しいよ」
瞬間、彼の腕に力が入る。
抱きしめられる安心感は、黒焔の総長じゃなく、
一人の男の子としての「時雨くん」そのままだ。
夜。
二人で並んで布団に入ると、時雨くんが小さく息を吐いた。
「雪菜……寝るまで、手……つなぎたい」
その遠慮がちで不器用な言い方が愛しくて、私は手を差し出す。
指が絡んで、手のひらがじんわり温かくなる。
「時雨くん」
「ん」
「……好きだよ」
闇の中、時雨くんが一瞬息を呑んだ気がした。
「……俺のほうが、もっと好き」
その声は震えるほど優しくて、
そしてどこまでも、甘く深くて――
その夜、私は時雨くんの温度に包まれて眠りについた。