この恋、史上最凶につき。


 まぶたを開けると、カーテン越しの光が柔らかく差し込んでいた。
 隣では、時雨くんが私の手を握ったまま静かに眠っている。

 寝顔は普段より少し幼くて、
 総長の迫力なんてどこにもないただの男の子だ。

 ――可愛い。

 そっと手を離そうとした瞬間。

 「……逃げんの?」

 低い声。
 時雨くんは、まだ半分眠ったまま私を抱き込んだ。

 「もう朝だよ……?」

 「朝でもやだ」

 胸の中で言われて、顔が熱くなる。

 でも、そろそろ起きないと――

 「……あら? 時雨、起きてるの?」

 その声に私は固まった。
 部屋の扉の向こうから、落ち着いた女性の声がする。

 「……っ! か、母さん!? ちょ、待て! 今は――」

 時雨くんが慌てて布団から飛び起きる。
 私は布団の端を握りしめたまま、心臓が跳ねていた。

 「あらあら。雪菜ちゃん、おはよう」

 ふわっと扉が開き、
 優しそうな女性――時雨くんのお母さんが顔を出した。

 落ち着いた茶色の髪、柔らかい笑み。
 驚くほど優しい雰囲気で、敵意なんてまったくなかった。

 私は慌てて頭を下げた。

 「お、おはようございます! 昨日は……泊まらせていただいて……」

 「いいのよ。時雨が『彼女が来る』って嬉しそうに言ってたから」

 時雨くんの顔が一瞬で赤くなる。

 「母さん余計なこと言うなって!」

 「だってほんとでしょう?」

 くすっと微笑むお母さんに、私は胸が温かくなる。

 そこへ、今度は低く落ち着いた男性の声。

 「……時雨。朝飯できてるぞ」

 廊下に立っていたのは、
 鋭い目つきをしているのに、どこか穏やかさのある時雨くんのお父さん。

 私は思わず背筋を伸ばした。

 「あ、あの! おはようございます!」

 「おう。雪菜ちゃんだな。時雨が迷惑かけてないか?」

 「め、迷惑だなんてっ……! 全然、そんな……!」

 私が慌てて否定すると、お父さんは小さく笑った。

 「そうか。……時雨、ちゃんと大事にしろ」

 「……してるし」

 「ならいい」

 そのやりとりだけで、胸がじんと熱くなる。

 時雨くんはぶつぶつ文句を言いながらも、
 私の手首をそっと引いて、「行くぞ」と目で促す。

 リビングに向かうと、朝食がきれいに並んでいた。
 食卓に四人で座るなんて、恋人……みたいというより、
 まるで家族みたいで、胸がくすぐったい。

 お母さんがニコニコしながら言う。

 「雪菜ちゃん、時雨がこんなふうに誰かを大事にするなんて、ちょっとびっくりしてるの」

 「母さんやめろ!」

 時雨くんが顔を真っ赤にして叫ぶ。
 でも、私は嬉しくて、思わず笑ってしまった。

 「時雨くん、いつも優しいですよ?」

 そう言うと、時雨くんは耳まで真っ赤にして視線を逸らした。

 「……うるせぇ。好きだから優しくしてるだけだし」

 その小さな声は、誰にも聞こえないくらい弱かったけれど、
 私にははっきり聞こえてしまって。

 顔が一気に熱くなる。

 お母さんが目を細める。

 「ふふ……いい子を連れてきたわね、時雨」

 お父さんが腕を組んで頷く。

 「家のこと、遠慮せず頼れよ、雪菜ちゃん」

 胸の奥が温かくて、思わず頭を下げた。

 「……ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」

 自然と言葉が出たから、
 時雨くんは一度だけ私を見て、
 照れくさそうに目を逸らした。

 でも――手だけは、そっと、私の下で触れてくる。

 「……雪菜。また来いよ」

 「うん。……また来る」

 その言葉だけで、
 織田家で過ごす時間が、私の大事な場所になった気がした。
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