【香る物語】香りの檻
ドアを静かに開けると、男性ものの皮靴が目に入る。どうやら、もうお父さんは帰ってきてるようだ。ヒールを脱ぎ、廊下を進むにつれて聞こえる楽しげな笑い声。きっとお母さんと一緒に晩酌でもしているんだろう。

キッチンとリビングへ続くドアを開けて、いつも通りの笑顔を貼り付ける。

「ただいま」

ほろ酔い加減の両親がこちらへ振り返り、『おかえり』とにこやかに言ってくれた。テーブルの上にはおかずと日本酒が置いてある。

今夜は日本酒か……

無意識に呼吸を浅くする。わずかに息を吸っては長く止め、また少しだけ吐く。それを何度も繰り返した。

お母さんが立ち上がり、キッチンへ向かおうとする。

「穂乃香ちゃん、お腹空いたでしょう?」

味噌汁を温め直そうとするお母さんを急いで止めた。

「あっ、ごめん。ごはんいいわ。帰りに寄り道してちょっと食べてきちゃった。私の分は明日のお弁当にして」

こんなやりとりを見ていたお父さんが、今朝の配属発表について聞いてきた。お兄ちゃんと同じ職場になれて、私が喜んでいると思っているらしい。

なんとも言えない黒い渦が、胸の中で大きくなる。

ほんと、余計なことしてくれちゃって……

新しい部署での疲れを理由に、さっさと自分の部屋に戻った。鍵をかけ、大きく息を吐き出す。

今でもアルコールの香りは苦手だーー特に日本酒が。それだけじゃない、タバコと鼻につく嫌なコロンの香りも。

6畳の洋間は、必要なものが詰まった私だけの空間。ベッドにバッグをポイっと放り投げながら、窓へ進む。

今夜はよく星が見えてる。

窓を開けて、少し身を乗り出し、インディゴブルーの夜空を見上げた。そこには目を覚ましたばかりの星たちが瞬きを繰り返している。









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