【香る物語】香りの檻
夜空を見ていると、さっきまで胸の奥に渦巻いていた黒いもやが、インディゴブルーの中に溶けていく気がした。星たちに見守られるように、そっと胸の奥をのぞいてみる。

やっぱり、友達と一緒に就活すべきだったんだ。そうしていれば、お父さんの会社で働くことも、あの人ーーお兄ちゃんの下につくこともなかったのに。

とにかくここを出たい。

心が限界に近づいているのは、誰のせいでもない。強いて言えば、優柔不断な自分のせい。

……簡単に決められない理由があるから。

両親には、それぞれ違う形で恩がある。
お母さんは、暴力を振るう『ろくでなし』から私を守ってくれた。

お父さんは、血のつながりなんて関係なく、私を本当の娘のように愛してくれる。

そんな二人の笑顔を失いたくなくて、『聞き分けのいい子』を演じてきた。一人暮らしを反対されたときも、就職を芳香堂に決められたときも。

両親の悲しむ顔を見たくなかった。
拒絶されるのも怖い。
だからこの気持ちに鍵をかけて、深く、誰の手も届かない場所に閉じ込めた。

あの人ーーお兄ちゃんが好きだという、この想いを。

ふと頬を撫でる風に、庭のローズマリーの香りが混じった。一人暮らしをしているはずのあの人の姿が、頭をよぎる。

ねぇ、どうしたらこの想いを忘れられるんだろう。
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