【香る物語】香りの檻
親の恋愛なんて知りたくもないが、どうやらご縁があり、お母さんは芳香堂の社長であるお父さんと子連れ再婚。私には、11歳離れたお兄ちゃんができた。お兄ちゃんのお母さんは、数年前に亡くなっていた。

新しいこの家には、あの嫌な臭いがしなかった。石鹸のような清潔な匂いと、台所から漂う大好きな唐揚げの匂いや、クッキーの甘い香り。

それらが混じり合って、初めて『お家の匂い』だと感じた。その空気が少しずつ、私の中に残っていた恐怖の臭いを薄めていく。

新しいお父さんは穏やかで、いつも私の目線までしゃがんでくれる人だった。声のトーンも静かで、笑うと目尻にやさしいしわが寄る。

お兄ちゃんは背が高くて、少し離れたところから見守ってくれるような人。最初は怖かったけれど、目が合うといつも小さく笑ってくれた。

お父さんにもお兄ちゃんにも、嫌な思いをしたことはない。何よりヤツのあの臭いはしない。

ここでの生活は、私にはもったいないほど穏やかな日々だった。それでも、どこかで緊張していたんだと思う。

以前は疲れ切っていたお母さんが、よく笑うようになったことは嬉しかったけれど、母と娘、二人きりの時間が減っていくのが少し寂しかったのは確かだ。

笑ってるお母さんが好き。

だから、私はいい子でいようと思った。
お母さんを悲しませたくなかったから。
またあの怖い生活に戻るのは嫌だったから。

でも本当はーーあの石鹸と甘い匂いの中で、
お母さんと笑いながら、昔のように安心して眠りたかっただけなのかもしれない。



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