【香る物語】香りの檻
前の家では息を潜めるように暮らしていた。けれどこの家には、いい匂いだけでなく、お兄ちゃんと友だちの笑い声もあった。家の中が少し華やかになって、私はその空気が好きーーだった。

お兄ちゃんの友だち、蘭(らん)ちゃんと零司(つかさ)くんもよく遊びに来た。

蘭ちゃんは明るくて行動的で、みんなの中心にいるタイプ。でも決して意地悪じゃなく、誰にでもやさしい。私にもよく話しかけてくれて、髪を結んでくれたり、お菓子をくれたりした。

零司くんはいつも面白い話をしてくれて、蘭ちゃんと並ぶといつも楽しそうだった。二人が一緒にいると、空気がやわらかくなる。

お母さんの笑い声と、唐揚げの香ばしい匂い。その中に、お兄ちゃんたちの楽しそうな声も交じる。家の中は温かく、心地よい賑やかさに満ちていた。

けれど、歳を重ねるにつれて、いつのまにか自分の居場所がわからなくなっていった。それに、心の奥には霧のようなモヤモヤが潜んでいた。

この気持ちは何なの?

たった数歩だけ歩けば届く距離なのに、なぜかその輪の中には踏み込めない気がして……気づけば、その輪を少し離れた場所から見つめていた。

やがて桜の季節が何度も巡り、私も高校生になって、お兄ちゃんに会うのは、年に片手で数えられるほどになった。家を出てからのお兄ちゃんは、ますます遠い人になった気がした。
< 16 / 82 >

この作品をシェア

pagetop