【香る物語】香りの檻
くるりと回り、研究室を出て行こうとドアノブに手をかけた瞬間、ドアに映る影が重なり、背後に熱を感じる。

振り向かなくてもわかる。誰かって。耳のすぐそばで低い声が落ちた。

「穂乃香も来るんだ。お前もこの部の一員だからな」

全身を電流が一気に駆け巡り、頬に火がついたように熱くなる。そしてポンポンとやさしく頭に触れられた。お兄ちゃんの指先の感触が髪に残る。心臓が大きく波を打つ。トクントクンと。

ーーハッと我に返り、慌てて周りを見渡す。

誰かに聞かれた? 
見られた?

どうやら見ていなかったようだーーってか、いつのまに後ろに来たの?

なぜかみんな祝賀ムードでコーヒーを飲んでいるはずなのに、すでに酔っているように見える。ハグし合ったり、ハイタッチをしたり。

これじゃ、周りなんて気にしてないよね。
ホッと胸を撫で下ろした。

だって私たちの関係、兄妹ということは隠し通してるから。そんな私の心配をよそに、お兄ちゃんはフッと息を漏らし、わずかに口角を上げた。

これが大人の余裕なんだろうな。それにお兄ちゃんにとって、私はいつまで経っても小さな妹でしかないんだ。

なんだか悔しい。私ばかり心配して、ドキドキして、イライラして。

そして、好きでいて……

こんな私の気持ちなんて、誰も気づいていない。この場所は達成感と高揚感の空気でいっぱいだから。いつもは無臭な研究室が、今はコーヒーとお祝いの花束の香り、そして笑いで満たされている。

この後の夜が、何かを変えるきっかけになるなんてーーそのときの私は、わかるはずもなかった。
< 33 / 82 >

この作品をシェア

pagetop