【香る物語】香りの檻
しばらく無言でゆるやかに坂を下りると、街の灯りがきらめき、人の気配が濃くなっていった。

左手で私と手をつなぎながら、右手で器用に携帯を操作して目的地のマップを確認しているお兄ちゃん。人が多くなったからか、つないだ手にいっそうやさしく力が込められた。

これは妹が迷子にならないため。彼にとってはただそれだけ。それでも、手のぬくもりに触れながら、風に運ばれる『お兄ちゃんの安心する香り』が鼻をくすぐるたび、魔法のときめきの時間に酔いしれている私。

まだ着かなきゃいいのに……

宝石貴金属の問屋街として知られているこの街は、夜には別の顔になる。気軽な値段で軽く一杯飲んだり、美味しい料理を楽しんだりできるため、仕事帰りに立ち寄る人が多い。

駅に近づくにつれ、いろいろな臭いが空気に染まるーー飲食店の油やタバコとお酒。それに、この街独特の雑多な臭いと人の体臭が混ざる。

やっぱり帰ればよかった。
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