【香る物語】香りの檻
そんな当たり前の『俺のシステム』が崩れたのは、中学1年の冬。母さんが亡くなった時だ。

外から見れば、生活は以前と何も変わらないように見えただろう。

母さんが生きていた頃から、父さんが食卓に座る時間は少なかった。社長として社員を抱える立場の父は、常に電話と数字を中心とした生活を送っていたからだ。

それでも、母さんが家にいるだけで、空気には一定の温度が保たれていた。母さんの好きだったスズランの香りが、常に薄く漂っていた。

母さんがいなくなってから、その『匂い』と『空気の温度』だけがフェードアウトした。

玄関の鍵を開け、たった一歩踏み込んだだけで分かる。室温は同じなのに、なぜか外の冷気の方が暖かく感じられる。

生活音も、気配も、香りもーー家を構成していた存在のすべてが消失し、そこは無味・無臭・無音のただの空間になった。

大気のない宇宙空間に放り出されたら、きっとこんな静寂に包まれるのだろうと妙に納得したことを覚えている。

そんな日々の中で、黙ってそばにいてくれたのが蘭と零司だった。言葉を交わさなくても、三人で歩くだけで呼吸が少し楽になった。

蘭の明るさと、零司の予測不能な無邪気さが、『無音の家』の代わりに、俺の内部に灯をともしてくれたのだと思う。

生気の薄い家に季節が淡々と積み重なり、
雪の周期だけが規則的に訪れては過ぎていった。

感情という不確定な値よりも、時間という均一な流れの方が、この家では存在感を持っていた時期だ。
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