【香る物語】香りの檻
高校入学を控えた頃、父さんが淡々と、しかし俺の反応をうかがうように告げた。

「一緒になりたい人がいる」

相手についての説明も事務的だった。会社の清掃スタッフらしい。顧問弁護士の伊集院圭介先生の紹介を受け、芳香堂に勤めているようだ。

それだけ。

賛成・反対、どちらの判断も即座には下さなかった。母さんの記憶という大きなデータセットが俺の中にあり、そこに新しい情報を書き込むことそのものに抵抗があった、というのが正しい分析だ。

高校2年の春。新学期が始まって間もなく、
父さんとその女性の隣に、小さな女の子がいた。

穂乃香。6歳。

初見の印象は明確だった。母親の背後に隠れ、視線を合わせず、身体を縮める行動。
恐怖・警戒ーー心理学的にいえば、外界への信頼度が極端に低い子どもの反応。

その後、父さんから穂乃香の実父の話を聞いた瞬間、明らかに身体反応が先に走った。

心拍数が通常より20拍ほど跳ね上がり、肋骨の内側が熱くなった。

理屈も分析も追いつかず、データだけが先に提示される。これが『怒り』なのだと、数秒遅れて理解した。

新しい母さん……澄香(すみか)さんは、一言でいえば『高照度の人物』。太陽光のように周囲の温度を引き上げるタイプだ。この家全体の平均温度を、彼女が確実に上げた。

仏壇の前で、亡くなった母さんに静かに話しかけている姿を偶然目にしたとき。俺は感覚的ではなく、定量的に判断した。

この人は、家族として成立する。

そう確信できるだけの根拠が揃った。

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