【香る物語】香りの檻
澄香さんの明るさに対し、穂乃香の適応は遅かった。小さな子どもとしては当然の反応範囲だが、初めて熱を出した夜のことは今でも忘れられない。その日は、両親が出かけていた。
当時高校生の俺は、家業の影響で香りの基礎知識を学び始めたばかりだった。
ラベンダー=鎮静、ペパーミント=呼吸補助。ただの一般論レベルの知識。
そうだ、自分専用にベルガモット、ローズマリー、ヒノキをミックスした香りをつけ始めたのも、この頃だった。
手元にあったのは、ローマンカモミールと金木犀(オスマンサス)の小瓶だけだった。
寝ている彼女の呼吸は浅く、泣き疲れて乱れていた。状況を改善できる可能性があるのは『香り』だけだと判断し、少量を手に取り、手の温度で拡散させ、彼女の鼻先へ最小限の風を送った。
香り分子が空気に乗り、しばらくすると、呼吸のリズムが整っていく。それを確認した瞬間、爺ちゃんの言葉は理屈ではなく『検証された事実』に変わった。
『香リハ心ヲ映ス鏡。
香リハ心ヲ癒ス薬。』
以来、彼女が夜にうなされている音を検知すると、ドアを開けて同じブレンドで対処した。泣きながら眠る彼女の涙を指先で除きながら、一つの結論に至った。
ーーこの子だけは守る必要がある。
それは感情というより、病に倒れた母さんに対して『何もできなかった』という過去の事実が、俺の中でひそかに未解決のままだったからだろう。その後悔を補正するように、俺は穂乃香を守ると決めた。
当時高校生の俺は、家業の影響で香りの基礎知識を学び始めたばかりだった。
ラベンダー=鎮静、ペパーミント=呼吸補助。ただの一般論レベルの知識。
そうだ、自分専用にベルガモット、ローズマリー、ヒノキをミックスした香りをつけ始めたのも、この頃だった。
手元にあったのは、ローマンカモミールと金木犀(オスマンサス)の小瓶だけだった。
寝ている彼女の呼吸は浅く、泣き疲れて乱れていた。状況を改善できる可能性があるのは『香り』だけだと判断し、少量を手に取り、手の温度で拡散させ、彼女の鼻先へ最小限の風を送った。
香り分子が空気に乗り、しばらくすると、呼吸のリズムが整っていく。それを確認した瞬間、爺ちゃんの言葉は理屈ではなく『検証された事実』に変わった。
『香リハ心ヲ映ス鏡。
香リハ心ヲ癒ス薬。』
以来、彼女が夜にうなされている音を検知すると、ドアを開けて同じブレンドで対処した。泣きながら眠る彼女の涙を指先で除きながら、一つの結論に至った。
ーーこの子だけは守る必要がある。
それは感情というより、病に倒れた母さんに対して『何もできなかった』という過去の事実が、俺の中でひそかに未解決のままだったからだろう。その後悔を補正するように、俺は穂乃香を守ると決めた。