【香る物語】香りの檻
元旦と穂乃香の誕生日は、毎年必ず家族全員で祝った。だが高校生になった彼女は家に滞在する時間が減り、俺との接触を避けているようにも見えた。それでも、彼女を一目確認するために帰省する回数は減らさなかった。
穂乃香が高校生になる頃から、誕生日には俺がブレンドした香りを贈るようになった。金木犀、ローマンカモミール、そしてベルガモット。幼い頃の彼女の呼吸を落ち着かせた『基礎データ』に、俺が日常的に使うベルガモットを加えたものだ。
『守る』という思いは、感情ではなく『役割認識』に近い。
彼女に対する自分の内部変化に気づいたのは、この数年後だ。『可愛い妹』という定義が、わずかに揺らぎ始めた。
穂乃香にとって高校生活最後となる元旦の朝。キッチンでコーヒーを淹れていた時だ。視界の端に白い水仙が入った。亡くなった母さんが毎年飾っていたように、澄香さんが静かに活けてくれたものだろう。
水仙は香り分子の揮発速度が比較的高く、空気中での拡散性が強い種類だ。軽い芳香分子は対流に乗りやすく、リビングからキッチンまで数メートルほどなら無風でも届く。微量でも検出しやすい透明度の高い甘い香りが、鼻腔の奥でかすかに反応した。
その時、出かける準備をしていた穂乃香が水仙のそばに立ち止まり、髪を耳にかけて花へ顔を寄せた。
朝の低い角度から差し込む光が、彼女の髪と肌の表面で微細な屈折を起こしていた。皮膚表面の水分子が光を散乱させ、輪郭の明度が通常よりわずかに上がって見える。
物理現象としては単純だ。だが、その視覚データは『美しい』と判断するには十分だった。
同じ空間にいるはずなのに、彼女との距離が急速に広がるような錯覚があった。
その瞬間、心拍数が警告音のように上昇した。原因は検出できなかった。
穂乃香が高校生になる頃から、誕生日には俺がブレンドした香りを贈るようになった。金木犀、ローマンカモミール、そしてベルガモット。幼い頃の彼女の呼吸を落ち着かせた『基礎データ』に、俺が日常的に使うベルガモットを加えたものだ。
『守る』という思いは、感情ではなく『役割認識』に近い。
彼女に対する自分の内部変化に気づいたのは、この数年後だ。『可愛い妹』という定義が、わずかに揺らぎ始めた。
穂乃香にとって高校生活最後となる元旦の朝。キッチンでコーヒーを淹れていた時だ。視界の端に白い水仙が入った。亡くなった母さんが毎年飾っていたように、澄香さんが静かに活けてくれたものだろう。
水仙は香り分子の揮発速度が比較的高く、空気中での拡散性が強い種類だ。軽い芳香分子は対流に乗りやすく、リビングからキッチンまで数メートルほどなら無風でも届く。微量でも検出しやすい透明度の高い甘い香りが、鼻腔の奥でかすかに反応した。
その時、出かける準備をしていた穂乃香が水仙のそばに立ち止まり、髪を耳にかけて花へ顔を寄せた。
朝の低い角度から差し込む光が、彼女の髪と肌の表面で微細な屈折を起こしていた。皮膚表面の水分子が光を散乱させ、輪郭の明度が通常よりわずかに上がって見える。
物理現象としては単純だ。だが、その視覚データは『美しい』と判断するには十分だった。
同じ空間にいるはずなのに、彼女との距離が急速に広がるような錯覚があった。
その瞬間、心拍数が警告音のように上昇した。原因は検出できなかった。