【香る物語】香りの檻
あれから数年。
33歳になった俺の部署に、大学を卒業した22歳の穂乃香が、第一研究開発部の主任秘書補佐として配属された。

実は父さんが、他に就職させないように先手を打ったのだ。安全性を最優先した判断だった。15年以上経った今でも、澄香さんは元夫の存在に怯えている。

弁護士を通して『二度と会わない』と約束は交わしていても、プライドばかり高い、何をしでかすか分からない男だからだ。

いつ穂乃香に近づき、何らかの復讐を仕掛けてくるか、その危険性は否定できない。だから俺たち家族は、彼女が一人暮らしをすることにも、他社へ行くことにも強い懸念を示した。

新人の配属が決まる前日。社長室で父さんに、俺は一つの提案をした。

「いっそのこと、穂乃香を俺の秘書にすればいい。研究室への出入りは、一般職では簡単にできない。守るには条件がいい」

父さんは目を細め、しばらく俺をじっと見つめた。そして、真剣な面持ちで口を開く。

「律己……どう思っている?」

「えっ? 何を」

父さんの問いに、喉の筋肉がひそかに引きつった。

ーーまずい。

心拍が一瞬で上昇したのが、自分でもはっきり分かった。

今の脈拍……平常時より10拍は上がっている。交感神経が刺激されている証拠だ。落ち着け。

分析だけしてどうする。

胸の奥から生じた振動が静かに伝播し、うるさいほど規則正しく跳ねた。掌にはじんわりと汗がにじみ、湿度を帯びた空気が薄い膜になって張りつく。

研究室で測定するような生理反応を、自分の感情で体験するとは思っていなかった。

父さんはそんな俺を見据えながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「律己……澄香もな、もう気づいているぞ。
お前がどういう気持ちであの子を見てきたか」
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