【香る物語】香りの檻
喉がまたわずかに詰まった。しかし父さんの声音は責めではなく、事実を静かに確認するような落ち着きがあった。

「澄香とも話した。お前の性格も、あの子の過去も全部分かった上で……私たちにとって、二人は子ども同士のようなものだ。たとえ血のつながりはなくても、あの子を預かった以上は、ちゃんと守る責任がある。
けれどーー」

父さんは短く息を吸った。

「お前なら任せられる、と私たちは思っている。大切にするだろうとな」

かすかに部屋の温度が変わった気がした。緊張が解けて血流が良くなり、体温が上がった証拠だ。それを脳が『空気が変わった』と錯覚しているだけ。

父さんたちから了承を得た安心感……いや、それよりも、『彼女を託された責任の重さ』が、脊髄に静かに落ちていく。スポイトの滴が一定の間隔で落ちるような、淡くて重いリズムだった。

だが同時に、自分の中で決めていた線がある。

今じゃない。
俺はまだ先に進んではいけない。

取り組んでいる『4種の癒しの香りプロジェクト』。この研究を完成させ、一つの結果を世に出す。それが、俺が自分に課した『けじめ』だった。

穂乃香に想いを告げるのは、その後だ。一人前として認められないまま、彼女の隣に立つことだけは、絶対にしたくない。

< 61 / 82 >

この作品をシェア

pagetop