【香る物語】香りの檻
それでも一度心に灯った炎を消せないまま、欲に溺れてしまった。

後悔はしていない。だけど、虚しさで押しつぶされそう。たった一回だけなのに、そのときでさえ彼の心を占めていたのは、私ではなかった。

いつも通り、普通でいられるって思っていた。けれど、今は彼と一緒の空間にいることも、蘭ちゃんの姿を見ることすら苦痛。だから決めたの、離れなきゃって。私自身が、そして家族の関係が壊れる前に。

仕事も探した。
部屋も探した。
家を出る準備だって、とっくに始めている。

なのに。
仕事も見つからない。
家賃と通勤を考えたら、住める場所なんてほとんどない。

……どうしよう。なんでうまくいかないの?
それにこの判定結果だって。
これって100%確実じゃない……よね?
まだ病院に行ってないし。

手の震えが止まらない。
指先が冷たくて、自分の身体じゃないみたい。

もしそうだとしても、律己さんには言えない。零司くんにも。もちろんお母さんとお父さんにも。

特に蘭ちゃんになんて、絶対に言えない。

--誰にも言えない。

たった一人の親友・月音は?
妊娠してるかも、なんて……軽蔑されちゃうかな?
怖くて、彼女にも言えないよ。
やっぱりひとりぼっちなんだ、私。

それに彼が、あの夜のことを気にしているはずない。だって彼が抱いたのは、蘭ちゃんという幻想を纏った私の体。もうすぐ結婚するみたいだし。そんな人に、この結果なんて……どうして言える?
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