【香る物語】香りの檻
なんとか始業5分前にコンビニ袋を手に自席につき、パソコンのスイッチを入れる。そしてポツリと小声でつぶやく。

「早く食べよ〜っと……」

バッグとコンビニ袋を下の引き出しに入れ、ガサゴソとおにぎりだけを出そうとしたとき、ドアの方からカチャッと金属音が耳に入った。

えっ、誰?

開かれたドアから楽しそうに雑談しながら、お兄……律己さん、零司くん、そして蘭ちゃんの三人が入ってくる。零司くんが手にしているテイクアウト用のコーヒートレーには、紙カップが四つ。

嘘でしょう?
ついてないな。
あぁぁ、おにぎり食べ損ねた……

昨夜から何も食べていない私の空腹は限界に達し、胃の奥からこみ上げるような胸焼けがする。ムカムカする胃と、食べられない苛立ちでますます気分が悪くなる。

「……おはようございます」

腹立たしさを表さないように、頭をぺこりと下げて挨拶をした。力なく引き出しを閉める。気づかれないよう、小さく長いため息をついた。

もぉ、早く行ってくれないかな。

そう思いつつパソコンに目を向け、仕方なく仕事を始めようとした。

三人が私の机の前を通り、第一研究開発部主任室のドアへ歩いていく途中、蘭ちゃんが零司くんの手元からカップを一つ取りあげる。

「これ、穂乃香ちゃんのね!」

大輪の花のような笑顔で差し出してくれた。どこにいても彼女の周りはキラキラと輝くように感じる。

無臭の部屋に、カップから立ちのぼるコーヒーと、蘭ちゃんから漂ういつもなら心地よいはずのバラのような香りが広がる。それらが一気に鼻へ届き、胃酸が喉を焼いた。バスのときと同じような冷や汗が浮かぶ。

--あっ、無理だ。
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