【香る物語】香りの檻
ど、どうしよう……。
絶対怒っているよ、最愛の蘭ちゃんにあんな態度とっちゃったから。
しかも職場で。

と、とにかく先に謝っちゃおう……社会人としてあるまじき態度をとったことを。

うつむいた視線に完璧に磨かれた漆黒の革靴の先が映り、体が凍りつく。

勇気を出して、震える声を絞り出す。

「あ、あの。さ、先ほど……」

「穂乃香、体調が悪いのか?」

言葉を遮り、心地よい低い声でそう尋ねる律己さんの顔を見られず、うつむいたまま固まる。

なんで私を気遣うようなことを聞くの?
なんで怒らないの、蘭ちゃんへの暴言を?
……お願いだから、やさしくしないで。

スーッと伸ばされた長い人差し指が、私の顎をクイっと上げた。嫌でも視線が絡み合う。煮えたぎるような血が、冷え切っていた全身を一気に巡る。あの夜に戻ったように、体がカッと熱くなった。

思わず視線を逸らし、少し後ずさる。彼の指先が離れたとき、ホッとする気持ちよりも、一抹の寂しさが胸に染み渡った。

次の瞬間、ポンポンとやさしく頭上に触れられる感覚。それは小学生の頃、よくお兄ちゃんに撫でてもらった感覚と同じ。特に熱を出して寝込んだり、悲しくて泣いてるときに。

「デスクにペパーミントティーがある。これなら飲めるかもしれない……無理だけはするな」

そう言って、部屋の奥のドアから主任室へと戻っていった。

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