【香る物語】香りの檻
この冷静さはなんだろう。
ここ数日、妊娠の事実に押しつぶされていたのに。
……そうか、私にはあの『ろくでなし』と同じ血が流れている。ヤツのように、自己中で、思いやりのかけらもない。
だから、この音も匂いもなく、無機質で監獄のような秘書室が、心まで冷え切った今の私にはお似合いなんだ。
一瞬、鼻の奥にツンとあの嫌な臭いが刺さった気がする。酒とタバコと安っぽいコロン、それに体臭の混じった、忘れたいはずの臭い。息を止めると、全身がこわばった。
私はこの家族でただ一人、『芳野』の籍に入っていない。それはお父さんが私の意思を尊重してくれたからだ。でも、入らなくてよかったのかもしれない。
明るいお母さんと、やさしいお父さんと、お兄ちゃん。その中で一人だけ浮いているのは、暗く沈んだ私。今ならはっきりわかる。この家族に、ふさわしくないのは私だ。
だって私は、『ろくでなし』の娘なのだから。
再びあの男の臭いが記憶の底から蘇り、口の中に嫌な苦味が広がった。顔すらほとんど覚えていない元父親。ヤツの存在を意識するだけで、体が勝手に拒絶の反応を起こす。
吐き気と過去のトラウマが同時に襲ってきて、生気をじわじわ吸い取られるような感覚にとらわれる。唯一私にできることーーそれは息を浅く吸い、できるだけ長く止めることだけだった。
ここ数日、妊娠の事実に押しつぶされていたのに。
……そうか、私にはあの『ろくでなし』と同じ血が流れている。ヤツのように、自己中で、思いやりのかけらもない。
だから、この音も匂いもなく、無機質で監獄のような秘書室が、心まで冷え切った今の私にはお似合いなんだ。
一瞬、鼻の奥にツンとあの嫌な臭いが刺さった気がする。酒とタバコと安っぽいコロン、それに体臭の混じった、忘れたいはずの臭い。息を止めると、全身がこわばった。
私はこの家族でただ一人、『芳野』の籍に入っていない。それはお父さんが私の意思を尊重してくれたからだ。でも、入らなくてよかったのかもしれない。
明るいお母さんと、やさしいお父さんと、お兄ちゃん。その中で一人だけ浮いているのは、暗く沈んだ私。今ならはっきりわかる。この家族に、ふさわしくないのは私だ。
だって私は、『ろくでなし』の娘なのだから。
再びあの男の臭いが記憶の底から蘇り、口の中に嫌な苦味が広がった。顔すらほとんど覚えていない元父親。ヤツの存在を意識するだけで、体が勝手に拒絶の反応を起こす。
吐き気と過去のトラウマが同時に襲ってきて、生気をじわじわ吸い取られるような感覚にとらわれる。唯一私にできることーーそれは息を浅く吸い、できるだけ長く止めることだけだった。