盛りのくまさん
すっかり空気が冷え込んで真っ暗な道をぽつぽつとした街灯とみずからが吐く白い息を頼りに駅からほてほて歩いた。頬の産毛を逆立て、小さく縮こまりながら。
どこからか金木犀の甘くてちょっとクセのある香りがした。ヒトデみたいなオレンジ色の小さな花が私の白いピーコートにまとわりついた。
15分歩いて自宅マンションにたどりつき、外階段をとん、とん、と重い足取りで上がり、自宅ではなくとなりのチャイムを押す。
ぽおおおおおん、と高くにぶい音がした。

「ブツは」
「こちらに」
「よし、入れ」
「お邪魔します」

短いやりとりをドア越しにして、少し重めの茶色のドアをぐぐぐいっと引くと鍵は開いていた。
そして、
あったかーい味噌とバターのにおいがした。うわ、おなかすいてきたっ!!

「やだわ、もう、この子ったら」
ドアから入ってすぐのところにあるキッチンで料理をしていた長身細身のイケメンが、私の顔を見るなり顔をしかめる。
「会社からここまで泣きながら帰ってきたの? おめめが桃みたいよ。あなた」
彼はサッと手を洗い、サッとキッチンペーパーで拭き、それから私に視線を合わせる。サラサラの黒い洗い髪からほんのり紅茶のにおいがした。細い眉とつり目。瞳の色は黒と茶色にほんのりヘーゼルが入っている。鼻が細くて唇も薄い。色白。赤い紅がよく似合う。
「それでもチーズケーキを買ってきてくれたのね。律儀だこと。ありがとう。
さぁ、上がって。部屋、あったかいわよ。メイク落としも勝手に使ってちょうだい」
「ありがとう……」

ふわふわチーズケーキの白い箱を彼にあずけ、お部屋にお邪魔する。
「わぁ、こたつだ!」
「良いでしょ? そろそろ。
さぁ、コートを脱いで、手を洗っていらっしゃい」
「はぁーい」

黒い長そでTシャツに黒いジャージ風パンツ、それにもこもこの灰色のくまさんスリッパ姿でも、
このひとはとても綺麗だ。そしておネエだ。口調が、なぜか。
やや低めでちょっとカサついた声に不思議と似合う女言葉。ちょっと西のなまりが入っている。彼は私のおとなりさん。
そして「美味しいもの交換友だち」。

「アタシね。弱いものいじめってだいっきらいなのよね」
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