断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

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 その頃、ウィルフレッドの屋敷ではリーゼが続き部屋の前にソファーや机を固めて置いて、開かずの間にしようと汗を流していた。

「ふぅ、どうよ」

 腰に手を当て、やりきった感で一杯のリーゼ。

 他所様のお宅を荒らすのは良くない?そんなの知らね。こちらとら貞操の危機なんだ。

「あらぁ、随分と頑張りましたね」

 カラカラとティーセットを乗せたワゴンを押して来たのは、リーゼ付を命じられた侍女のミリー。歳はリーゼより若干上だが、柔らかい雰囲気の可愛らしい感じの者だった。

「こんな事しては、ウィルフレッド様が悲しみますよ?」
「あのね、一般的にはプライバシーは守るべきものであって、破られるものじゃないの」

 用意してくれたお茶を啜りながら淡々と述べると、ミリーは困惑した表情を見せた。

「ですが、相手はウィルフレッド様ですからね。あの方は駄目だと言われれば、逆に闘志を燃やす方ですよ?」

 あまりにも的確過ぎる意見に、リーゼの手が止まった。

「下手をすれば同室。なんて事も…」

 言葉を濁しながら、チラッとリーゼの様子を伺うとあからさまに動揺を見せている。

(ミリーの言う通りだわ…!!)

 初対面の人間に平然とキスをするような人だ。なんでその事を失念していたのだろう。

「ありがとうミリー!!危うく取り返しのつかない事態になるところだったわ!!」

 リーゼはミリーの手を力強く握りしめ感謝を述べると「いいえ」とニッコリ微笑み返した。

「けど、またこれを動かすのか…」

 ドアを塞ぐ家具の山をうんざりするように眺めていた。

「私も手伝いますので、ウィルフレッド様がお帰りになる前に片付けましょう」

 優しくそんな事を言ってくれるミリーが神様に見えた。心なしか後光が差してる気がする。
 ミリーに感謝しつつ家具を元の位置に戻すリーゼだったが、その姿を目を細めて微笑んでいるミリーには気が付かなかった。


 ❊❊❊


「疲れた…」

 二人掛で片づけたので、なんとかウィルフレッドが帰ってくる前には部屋は元通りに戻すことができた。
 だが、一日中家具を動かしていたので、リーゼの身体は悲鳴をあげていてベッドからとても起き上がれない状態だった。

 ミリーが気を利かせてくれて食事は部屋まで運んできてくれたが、疲れすぎて空腹すら感じられない。もうこのまま寝てしまおう…そう思って、目を閉じたところでコンコンと例のドアがノックされた。

 そのドアをノックする人物はただ一人しかいない。正直、居留守を使いたいところだが、ここで返事をしなければしないで勝手に入ってくるだろう。

(ノックしただけ良しとするか)

 重い体を起こし「………………はい」と小さく返事を返した。

「なんだ、起きていたのか?」

 ドアを開けて、顔を見るなり吐いた一言目がこれだ。

「……その言葉を聞いて、起きていた自分を全力で褒めてやろうと思います」

 もし起きてなかったら何をする気だったんだ?とは怖くて聞けない。

「ミリーから随分と疲れている様だから様子を見てやってくれと頼まれてな」

(ミリーめ、余計な事を…)

 向こうは良かれと思って言ってくれたのかも知れないが、こちらからすればありがた迷惑もいい所。
 まあ、彼女を咎める気はないが、せめて時と場合を考えて欲しいと伝えておく様にしよう。

「それと、君に話しておきたい事があってな」
「……できれば手短にお願いします」

 やけに真剣な表情で言われたので断る事が出来ず渋々承諾すると、その口からとんでもない事実を聞くことになった。

「ああ、どうやらロドルフは君に執着しつつある。……というか、あれは単に俺に取られたという悔恨だな」
「はぁ!?」

 疲れていたのを忘れて飛び起きた。

 自分から捨てておいて今更執着される意味が分らない。ウィルフレッドとの確執がある事は知っていたが、これほどまでとは……それも全部ロドルフ一人が勝手に思っている事であって、ウィルフレッド自身は可愛い甥だと思っている。

「それと、君の婚約者を奪ったアリアナ嬢だが、そちらも俺に接触してきた」
「は?」

 もう開いた口が塞がらないとはこういう事だろうか。

「俺は君に騙されてるんだとさ。だから、婚約はやめておけと忠告されたよ」
「………………」

 あの女の魂胆は分かってる。奪った男よりもハイスペックの男が私の婚約者と言うのが許しがたいんだろう。『心配』と言って近づくのは、あの女の専売特許。

 大方、私に堕とせたウィルフレッドが自分に堕とせない訳がないとでも思ってるんだろう。

(女狐が!!)

 怒りで拳に力が入る。

 すると、リーゼの頭を撫でる手があった。

「大丈夫だ。俺はロドルフとは違う。心配はいらんよ」

 顔を上げると優しく微笑むウィルフレッドと目が合った。息がかかる程の距離に顔があり、ドキッと胸が跳ねた気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。

 だけど、この人の言葉は不思議と安心できる…

 そう思いながらリーゼは少しだけ頬を緩めた。

「暫くはあの二人の動向に気を付けた方がいい」
「そうですね。まあ、ここにいる限りは大丈夫なのでしょう?」

 リーゼが確認するように問いかけた。

 だって、その為にここにいるのだから。無理やり滞在させておいて護れませんでしたでは洒落にならない。

「当然だ。俺の命に代えても護ってやる」
「………………それは重いです」

 ウィルフレッドは愉快そうに笑っているが、別にそこまでは望んでいない。

「さて、話は以上ですか?」
「話は以上だな」
「では、そろそろ……」

 もう疲れた体を休めたいリーゼは、早々に話を切り上げようとしていた。
 だが、ウィルフレッドはそうは思っていない。

「随分と疲れているようだな」
「ええ、少々慣れない事をしまいたので…」
「何をしたか聞いても?」
「えっと…大したことじゃないですよ?」

 あんたが入って来れないようにドアを封じていた、なんて口が裂けても言えない。

 目を泳がせしどろもどろになりがらも答えると、ウィルフレッドは「ほお?」と目を光らせた。真っ直ぐ見つめてくる瞳が全てを見透かしているような気がして、思わず目を逸らしてしまった。

「そうか…それなら」

 そう言いながらリーゼの肩を軽く押した。急に押されたので、体勢を崩したリーゼはベッドの上に倒れ込んだ。
 その上に覆い被さるようにウィルフレッドが乗ってくる。

「ちょっ、なにすん──!?」
「黙ってろ」

 黙らせるためか、いつもより低くめに発された言葉に焦りよりも胸の鼓動の方が煩かった。



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