曇天模様の空の下、俺は未だに生きている。

15 濡れても笑って

「水たまりをジャンプして、派手さを勝負するのとかどう。あと、雨の映え写真を撮るのとか」

 彩芽の綺麗な横顔を見つめていた。

 鼻筋はすっと通り、唇は小さくほんのり色付いている。

「いいじゃん」

 その瞬間、彩芽の眉がほんの少しだけ動いて、目元が柔らかくほどけた。

 口元には気づかれないくらいの小さな笑み。

 楽しそうな表情だった。

「水たまりに思いっきり飛び込むの?」

 目を輝かせて、俺の顔を覗き見る。

「うん。まあ、服は少し汚れちゃうかもしれないけど、それでもよかったら」

「前に汚しちゃったときに、いつの間にか消えてたから大丈夫」

 得意げな顔で、鼻を膨らませて笑う姿はまるで子供のようだ。

「俺から行っていい?」

 そう言って小さめに手を挙げると、「私の後は、さすがに出づらいもんね」と笑う。

「そんなことないよ」

 そう言って一歩踏み出す。

 服が汚れることは気にしていないはずなのに、なぜか少しだけ抵抗を感じる。

 目の前の水たまりに思いっきりジャンプをすると、水が顔にはねた。

 冷たく、少し茶色がかった水だった。

「じゃあ、次私だね」

 雨を気にせずに、東屋から出て、小さな水たまりに近づく。

 数歩後ずさりして、ふーと緊張した面持ちで息を吐く。

 緊迫した空気の中、彩芽が水たまりに向かって走り出した。

 タタタタタッ。

 大きく足を踏み出して、駆けていく。

 パシャン。

 水たまりから大きく水が跳ねて、上空へ飛び散った。

 そうだ、彩芽は陸上部だった。

 小さい頃から新体操をやっていて、体をしなやかに動かす彩芽の姿に、俺はいつも見惚れていた。

 跳ね上がる滴が光をまとって、星が降ってきたかのように眩しく輝いている。

 綺麗だ。

 飛び跳ねる彩芽の姿も、滴も、楽しそうな彩芽の表情も。

「どっちの勝ちかな」

 自信満々な顔で俺に歩み寄る。

「彩芽の勝ち。彩芽の勝ち」

 捲し立てるように不服顔で言いながらも、嬉しさに包まれていた。

 俺は自分で誘った割りに惨敗して悔しい反面、胸の奥で綺麗だったなとさっきの様子を思い浮かべていた。

「やった」

 無邪気に手を上げて喜ぶ姿に、可愛くて嬉しくなる。

 気がつくと、彩芽は水たまりの上で大々的に飛び跳ねて、紙にも頬にも滴が飛び散っていた。

「うわっ、冷た」

 そう言って笑う声は雨音に負けないくらいに強く、胸にじんわりと沁み込んでいった。

 ビシャビシャの制服で家に上がって、靴下を脱ぐ。

 床に白く自分の足跡がぺったりと付く。

 棚にあるタオルを取って、制服をざっと拭いた。

 自分の部屋に入って、「きっと大丈夫」と呟いた。

 この調子なら、彩芽はきっと生き返れる。

 波打ち際のような浮き沈みの激しい心が声に出すと、少し和らいだような気がした。と、少し和らいだような気がした。

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