「庭の千草」狂詩曲
「詩月くんが動じるはずがないわ」

古参の看護師は、大学のエントランスホールで演奏している動画を眺め、笑いながら言った。

時任が訊ねもしないのに。

「詩月くんは中学生の時からヴァイオリンの街頭演奏をしているんですもの」

時任は唐突に何を言うのかと思えば、と首を傾げた。

そもそも時任は詩月が何故、街頭演奏をするようになったのかを知らない。

街頭演奏をしている動画は何度か観たことはあるけれど、直に街頭演奏をしているのを観たことはない。

時任には、詩月の噂ばかりが先行して、詩月の実像が見えなかった。

「和哉さんは病室に入ってきた時、いつも何か言いたそうにしているのに事務的なことしか言わない、何故?」

8月某日、朝。

詩月が時任から体温計を受け取りながら言った。

「別に言いたいことは何もないけれど」

時任は口ごもった。
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