「庭の千草」狂詩曲
episode 9ーー庭の千草(夏の名護り薔薇)

chapter 1ーー夢を支えてきた手

詩月にとって郁子の決断は、寂しかった。

自分がライバルだと認めたピアニストが、演奏家ではなく指導者を目指すことになるとは、夢にも思わなかった。

詩月は岩舘宅に着くまで無言だった。

家に着いて、やっと理久に話しかけた。

「理久……腱鞘炎で疲労骨折したと聞いた時、腱鞘炎をしっかり治して、いつか並び立つ日がくることを願っていた」

「残念だが、郁子が決めたことだ」

「緒方はきっと良い先生になると思う」

「そうだな」

「緒方とモルダウで向かい合って『ヴァイオリンロマンス』が演奏したかった。それが心残りだ」

詩月はポツリ、寂しそうに言った。

「ヴァイオリンロマンス」はかなり難度の高い曲だ。

ショパンのエチュード作品25 第11番 イ短調「木枯らし」或いはリストのラ・カンパネッラ。

スペイン狂詩曲やラヴェルのスカルボ 、ストラヴィンスキーのペトルーシュカ3楽章 。

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