嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-

第8話 陸の孤城

 ぼたん雪が舞う曇天(どんてん)の下、長い()(ばし)がゆっくりと降ろされてくる。ふたりの斜め後ろで浮きながら、ジークハルトは黙ってその様子を見上げていた。
 深い堀を隔てた向こうには、高い鉄門に守られたラウエンシュタイン城がそびえ立っている。来るものを拒むような物々しさは、さながら陸の孤城と言ったところだ。

(ここに来るのは二度目か……)

 だが守護者であるこの身では、あの日と同様、中に入ることは許されない。堀に流れる(みどり)の水から、清浄な気が立ち昇っている。城の結界を成すそれは、まるで風に揺らぐカーテンのようだ。
 痛いくらいに青龍の神気を感じつつ、ジークハルトはリーゼロッテへと目を向けた。

 鎖の(きし)む音が響き渡る中、大きな瞳が(せわ)しなくあちこちを見回している。久しぶりに帰る生家に、心を躍らせているのだろう。

 ジークヴァルトがあの城で、初めてリーゼロッテと会った日のことを思い出す。中に入れなくとも守護する者(ジークヴァルト)の意識が、あの瞬間、ジークハルトにはありありと伝わってきた。
 心を失ってしまったジークヴァルトの、それはもう鮮烈(せんれつ)な体験だった。何百年もの間、多くの託宣者に寄り添ってきたジークハルトですら、かつてない衝撃を受けたほどだ。

 ジークハルトは思う。ひとが持ち得る情動の中で、悲しみとはもっとも深い感情だ。その(ふち)を知った者が手にする愛は、世界の何よりも尊く映る。

 地響きを立て跳ね橋が降りきると、水のせせらぎが耳に届いた。橋へと踏み出すふたりの背に、ジークハルトはいつものように笑顔を向ける。

『いってらっしゃい。オレはここで待ってるよ』
「ハルト様は来られないのですか?」
『うん、あそこは神殿以上に青龍に守られた場所だから』

 リーゼロッテは一度城に目をやり、再びこちらを振り返った。

「そう言えばハルト様、ティビシス神殿には入っていらっしゃいましたわよね? あそこも清浄な神気に満ちておりましたのに」
『昔っから()()はオレにはやさしいんだ』
「姉上?」
『うん』

 ニコニコ顔で返事をすると、リーゼロッテは不思議そうに首を傾けた。

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